よくこんな状況で食べられるな。
何も疑わずにがつがつ食べる男とゆっくり静かに食べる男と、普段の食事のような調子で食べる少年を見てそう思った。
エレベーターの中で、ルーキー4人がこれから始まるハンター試験について語りながら、緊張と期待に胸を膨らませていた。
定食屋が会場の入り口だとは確かに予想しなかった。試験前に食事というのもどうなのか、とは誰も言わなかった。それを引きずっているのは多分私だけだろう。
一口、二口と、本当に少しずつだけ食べているだけなので全く満たされない。
というか、なんで皆そんなに普通に食べられるの?不思議でたまらない。
クラピカならそういう繊細さを持ち合わせているかと思っていたけれど、彼は黙々と食べていた。
「、もう食べないの?」
「ゆっくり食べてたらお腹いっぱいになっちゃった」
「じゃあオレが食べてもいい?」
「どうぞ」
マナー的には良くないのだろうけど、咎める人はいないので隣にいたゴンに皿ごと譲る。
食べ盛りだなぁ。見ているだけで満腹になるような気がする。
実際のところ私は満腹なわけではないけれど、これ以上食べる気にはなれなかった。
特別緊張していないし、むしろ他の3人よりも落ち着いていると思う。水だけあればとりあえず今は充分だ。
不意にレオリオが視線を向けた。
「ところで」
ところで、の意味が分からない。
何の話をしていたっけ?人の話に集中していないということは、やっぱり自分なりに緊張しているんだろうか。
「お前よ、試験が終わったらちゃんと家に帰れよ」
「え、なんで?」
「なんでってお前、親は生きてんだろ?顔見せてやれよ」
「でも家出したの5年以上も前だよ?それに時々連絡取ってるし」
「こんの親不孝者が!」
ライスと肉の破片をこちらに撒き散らしてレオリオが叫ぶ。飛び散った物が付着しないように反射的に紙ナプキンで防御した。
特別な理由があればむしろ同情してくれるのがレオリオという男だ。出会ったばかりだが、彼の人の好さは既に伝わっている。
家を出た理由が良くなかったのだろうか。理由という理由がないのが問題なのだろうか。
「恵まれた環境だけど、嫌だなと思ったから家を出た」−−確かに人によっては、いやむしろ大多数の人がとんでもない不良娘、我儘娘だと思うのだろう。
そんな女がハンター試験を受けるのだから、遊びの延長だと思われても仕方がない。
下手に誤魔化してもいつか必ず自爆するのが目に見えているので、嘘偽りなく言っただけなのに。むしろ嘘を吐いて後からバレる方がよっぽどひどくないか?
ハンター試験に送り出してくれたあの人も、私の素性については嘘を吐きすぎると逆効果だと言っていた。だからそれに従ったのだけど、むしろ正直すぎたのかもしれない。
「家には兄弟達もいるから両親も寂しくないよ」
「へぇ、は何人兄弟なの?」
「4人……じゃない。5人」
「大人数だな」
「一番上の姉は結婚して家を出たからもういないけど、他に兄が2人と弟が一人」
兄弟達を思い出そうとしたけれど、5年以上経っているので今の姿は私の記憶とは違っているだろう。
しばらく会ってないな。でも多分向こうは元気にやっているはずだ。
「沢山兄弟がいるから大丈夫?そういう問題じゃないだろ」
呆れたようにため息を吐いたレオリオには、多分「自分の代わりは沢山いる」という風に聞こえたのだろう。
彼の言葉に対して聞く耳を持たないわけじゃない。深い事情(私の言葉のせいで軽く聞こえているのだろうけど)があるので、レオリオの言う「家に帰れ」は全く意味がない。
「不良の子と学校の先生ってこんな感じなのかな?」
「そう、かもしれないな……?」
隣でゴンとクラピカが声を潜めて話しているのが聞こえる。私は所謂いい子ではないけれど、不良でもないと思う。
ああこれは、兄弟仲について話さなかったからこう思われているのか……などと思っていると、遠慮がちにクラピカが訊ねた。
「兄弟喧嘩でもしたのか?」
「うーん、そんなところかな。殺し合いになりそうな気がして」
「ころ……!?」
「でも普通はそんなことしないんだよね?」
「まぁ、憎み合っていなければな……」
「そっか。でも普段は仲いいよ。それは本当」
とは言ったものの、3人が腑に落ちた様子はない。
言葉が悪かった?殺し合いじゃなくて、殺されそうって言った方が良かったのかもしれない。言い直した方がいいのかな。
一人だけずっと食べ続けていたゴンが「大変だったんだねぇ」と目を丸くしたので、そうでもないよ、と言っておいた。
今度はゴンの反対側の方からぼそぼそと聞こえたが、あまり聞き取れないが、いくつかのワードだけは耳に入った。
「……なぁ、あいつってもしかしてマフィアの娘とか?」
「それにしては大人しすぎる気がするが」
「そういうの気にする親だったんだろきっと。品性方向ってやつ?」
「そういうものだろうか……」
マフィアの娘なら家出したくなるのも納得だな、とレオリオが勝手に納得しかけていたので、そこは誤解されないように訂正しておいた。
「私の家はそんな物騒なものじゃないよ」
「充分物騒だろうが」
「そうかな?ゴン」
「うーん、オレにはよく分かんないよ」
家を出て約5年。未だに世の中に慣れた気がしない。
これから生きていく中で、彼らや新しく出会う人たちに順応できるのか途端に不安になってきた。
この人達、とくにレオリオとクラピカは、私を世間知らずのありえない女と思っているのではないか。世間知らずは確かに当てはまるけれど、私からすればこんな時に食事を間食してしまう3人の方がよっぽど珍獣に思えてならない。