エレベーターを降りた先は広い地下空間だった。もうかなりの人数が待機している。
受験生たちがこちらを一瞥した。この中にも念を使える人も何人かはいるのだろう。こちらが気配を掴もうとすれば向こうも気づいてしまうだろうから、気を付けなければ。
ハンター協会の人がナンバープレートを渡してきた番号は402。400人もいることに驚いた。
4人でその雰囲気に気圧されていると、トンパと名乗った男が気安く話しかけてきた。
こういう時にこやかに近づいてくる人間に碌な奴はいない気がする。絶対私の勘は間違っていないと思うのだけど、ゴン達がいる手前、そんなことを言うのは流石に躊躇う。
少し迷って隣にいたクラピカに耳打ちをした。
「私あの人に聞きたいことがあるの。その辺で待っててくれる?」
「わかった」
あの人、というのはナンバープレートを配ったハンター協会の人間だ。
皆を犠牲にするわけではない。実際に聞きたいことがあるので嘘ではないが、少しだけ申し訳なくなった。
先ほどの人物を追いかけようとしたが、背の低い人だったから雑踏に紛れてしまったようだった。もしくは、ハンター協会の人間だから俊敏な動きができるのだろうか。
人混みの間を縫う勇気はなかったが仕方がない。あのトンパという男から今だけでも離れたかった。
あまり遠くまで行かないようにしようと思っていたが、結構進んでしまった気がする。もう無理かも、と思っていると目覚まし時計のような爆音が鳴って咄嗟に両耳をふさいだ。
「え、もう始るの?」
周囲にいるのが大きな人物ばかりなのではっきりとは見えないが、少し遠くの方に試験官らしき男がいた。
始まってしまった。ぞろぞろと受験生たちが試験官についていく。
この流れに逆らって戻るのも難しそうだ。後から合流できるだろうか。気が付くと周りは段々走り始め、足音が地下内に大きく響いていた。
仕方なしに走り始めると、なんだか嫌な予感がしてきた。寒気とでも言うべきか。こんなことならさっさと前の方に行っておけばよかったのだ。後ろから近づく気配がする。
「よお、後ろでお友達があんたを探していたぜ」
いつの間にかトンパがすぐそこに来ていた。
何だろう、この不快感は。同じものではないし邪悪さも比べ物にはならないが、ハンター協会の副会長を連想させた。悪意はあるがそこに純粋さがある分、副会長は幾分マシだろうか。いや、それはないな。
昔、家のパーティーで胡麻をすってきた父の客を思い出した。あれに似ている。
何も言わずにいると、トンパは目の前に缶ジュースを差し出した。
「さっきは渡せなかったからな。お近づきの印だよ。水分補給にどうだい?」
「どうも」
なんで初対面の人間から飲み物をもらわなくちゃいけないのよ。
怪しさ満天だが、とりあえず受け取って鞄の中に放り込んだ。
案の定と言えばいいのか、トンパはこちらの様子を伺っている。まるで私の行動に不満があるかのようだった。
「飲まないのか?」
「後で喉が乾くかもしれないから、その時にでも」
「そうかい、それならまぁ……」
笑ってはいるが残念そうな空気を纏っていた。
何か入っているとは思っていたけれど、怒りは特に湧かなかった。あまりに幼稚な手段なので呆れもしない。ただ単に、これ以上関わらないでほしい。
ゴン達はどうなっただろう。3人とも飲んでなければいいけど――突然ピリッとした空気を感じて、その先を見た。
「何、まだジュース余ってたんだ?」
いつの間にか隣で知らない少年が走っていた。ゴンと同じくらいの歳だろうか。その少年が現れた途端、トンパの顔が引き攣った。
てっきり彼はトンパに話しかけているんだと思っていたが、それは私に向けられていたようだった。
「飲まないならオレにちょーだい」
「でもこれは……」
「トンパさんいいよね?まだあるならもらっておきたいな」
「あ、あぁ。でもこれで最後なんだよ。悪いな」
そう言うなりそそくさと受験生の群れに紛れて行った。
ほらほら、とトンパには目もくれず少年は手を出して催促した。まぁいらないしな……と思い、鞄から出して少年に手渡した。貰ってすぐに缶を開け、ごく普通に飲み始めた。
「え、本当に飲むの?」
「え、駄目なの?」
「毒味してくれるならいいけど」
「は?」
何を言っているのかとお互い不思議そうな顔で顔を見合わせる。数秒の後に少年は吹き出した。
「毒見してやったら飲むわけ?」
「飲まないけど、何が入ってたのかなと思って」
「なんだ、人のこと実験台にしようとしたのかよ」
だってあんな人から貰ったものだし……と言うとまた笑われた。これは馬鹿にされてるのか?別にいいけど。
先程のトンパの反応は、この少年に一目を置いているというより、怖気ついているように見えた。ゴンくらいの歳だろうに、纏っている雰囲気も全然違う。
普通の少年じゃないのだろう。何が入っているか、というか今までの流れからして確実に何か入っていた缶ジュースを飲むくらいだから、普通なわけがない。
べこっと缶を握りつぶした。あっという間に全部飲み干したようだ。
「ジュース美味しかった?」
「ま、普通かな。味はしなかったぜ」
「混入してたものじゃなくてジュースの味を聞いたんだけど」
「普通のジュースだよ。オレにとっては」
意味深なことを言ってにやりと楽しそうに笑った。
毒や薬の耐性があることを誇りたいというタイプにも見えない。本当にただ面白がっているだけなのだろう。
彼と違って私は毒の耐性なんかない。察知することはできるが、実際に接種してから気が付くという一般人レベルだ。事前の対策も何もないし、運が悪ければ死に至る。なので勘を頼りにするしかできない。
解毒薬は鞄の中に複数揃えてあるが、使う機会がないことを願うしかない。
「オレ、キルア」
「」
よろしくね、とは言ったがよろしくしていいのだろうか。明らかに普通じゃないし、どちらかと言えば私の実家に近い何かを感じる。