お前はハンターに向いてないかもな。
そう師匠に言われたことを時々思い出す。でもその言葉に傷つけられるほど私は繊細じゃない。
第一に向いている、向いていないの話は関係ない。生きていくのに一番良い道だと思ったから選んだだけだ。私の中の「どうすればいいか」を時間がかかっても解決できそうなのがこれだったということだ。
多分あれは師匠なりに私を思っての言葉だったのだろう。私だって同じことを思っている。
「注目している相手は?」
「特にいません」
目の前にネテロ会長がいる。最終試験前の面談だというのに緊張感がない。
ネテロ会長の力量がわからないわけではない。計り知れないと言ってもいい。強者ほど自分の力を巧みに隠す――というより調節できるのだ。師匠がそうであったように。
きっとあの言葉を思い出すのはハンターやそれに類する強者と関わる時なんだと思う。その中でネテロ会長や師匠は極めて経験値の高い者。その度にこんな気持ちにされるのかと思うと複雑な気分になる。
髭をくるくるといじりながら、ネテロ会長は書類から目を離さない。疑われているのかも、と思ったけれど焦りはなかった。
「戦いたくない相手は?」
「全員ですね」
先ほどの答えも今の答えも本音だ。
私は戦闘狂ではないし、できることなら誰とも戦いたくない。博愛主義でそう答えたわけではなく、できることなら避けたい。半分は面倒くさいという理由で占められているが、もう半分の別の理由はこの場で言わなくてもいいことだ。
「お主、ハンターを数多ある資格の一つだと考えとるじゃろ?」
今までの質問と同じようにネテロ会長は訊ねた。どういう意図でそう訊いたのか、つい探ってしまいそうになるのを抑えた。
少し考えてみる。……言われてみれば、という気がしなくもない。
「そうかもしれません」
「ほっほ、素直じゃな」
「考えたことがなかったので。でも言われて腑に落ちました」
「見てれば誰でもわかることじゃがの」
ネテロ会長の言葉に目を見張った。ハンターに向ていないと言った師匠と同じことを言ったからだ。
「試験でも何でも、肥やしにすると良い」
皆まで言っていないのに、またもや驚かされた。
ネテロ会長はハンター試験を、ハンターになることを踏み台にしろと言い切ったのだ。そこには一切の皮肉がなかった。
得体の知れないところはあっても嫌なものは感じない、という点でネテロ会長と師匠は同類だ。今の私には感じ取れないだけで、きっと他にも同じところがあるのだろう。
興味深い人ではある。そう思ったのはハンターを目指す者としての好奇心からくるものではなく、珍しい人間という意味でのものだった。
ゴンが運ばれ、クラピカが戦い、いくつか試合が終わり、今度は私の番――という時、対戦相手が苦言を呈した。
せっかく先日のネテロ会長との面談でやる気が出ていたのにこうなるのか。
ボドロというその男は、見た目はネテロ会長に若干似ているかもしれないが、それだけだ。人相というべきか、ネテロ会長にある柔軟さが全く感じられなかった。むしろ思考から何まで凝り固まった印象を受ける。
「君が戦い抜けるとは思わない。悪いことは言わん。ここで下がったほうがいい」
えぇ……
かなり肯定的に捉えればこちらを気遣っているようにも聞こえなくもないが、根底にあるのは自覚のない差別だ。
苦言自体はどうでも良い。けれども、これから戦う相手に向かい合ってから言うのはどうかと思うのだ。始まる前にこっそり直接言いに来てくれたら、こんな風に無駄に注目されることもなかったのに。
しかしこの手の自信家がそういうことをしないのは知っている。手がつけられないから逆に面倒くさい。
呆れている私とは反対に、苛立ちの言葉を発するレオリオと、眉を顰めるクラピカ。レオリオに至っては、文句を言いながら体がどんどん前のめりにしている。一歩踏み出しそうなほどだ。
何故二人が怒るのだろう。少し恥ずかしい気もするが、嬉しさが勝っている理由も今なら理解できる気がする。力の入っていた肩と顔が少しだけ緩んだ。
「ご親切にどうもありがとう。じゃあ私が不戦勝ってことでいいよね?」
ぎょっと固まったのは感情任せに体が勝手に前方に動いてしまったレオリオだった。その表情だけで彼が何を言いたいのかがわかる。少しだけ後ろめたく、申し訳なかった。
口を開きかけたレオリオを手で制して、目を細めてボドロに向き直る。
四次試験のジャングルのせいで私の見た目はぼろぼろだし傷だらけだ。だがここにいるほとんどの者がそうだ。私一人だけが弱々しく見えたのか、甚だ疑問である。
「そこの紳士がそこまで言うんだから、私はそれでいい。次の試合頑張ってね」
電車で席を譲ってもらったのでお礼を言う、くらいの軽さで充分だ。無事に終わって良かった。
呆れているような人が多い中で、少し遅れて審判が動いた。当の本人が承認してしまったのでそうするしかないのだろう。審判が私の不戦勝を告げた。
「おいお前、本当にいいのかよ」
「いいんだよ。実際、四次試験後半からちょっと体の調子が悪いの」
実は全くそんなことはないのだが、詰め寄ってきたレオリオに納得してもらうにはこれが一番の言葉だろう。
まだ納得していないような、それでも渋々という表情のレオリオは引き下がるほかなかった。
元々戦いには全力で臨むつもりだった。しかしそれをぶち壊してくれたボドロに対して悪感情も何も抱かない。
全てはタイミングがある意味良すぎた結果、戦わずして勝利できた。それだけのことだ。
「怒ってる?」
「いやお前がいいならいいけどよ、ああいうのなんかムカつくんだよ」
「私の代わりに怒ってくれてありがとう」
変な人達だ。付き合いの長い友達ならともかく、私達はハンター試験の直前から知り合った間柄だ。危機的状況を共有した者同士は仲間意識を持つようになる、と以前読んだ本に書いてあったのを思い出した。まさか自分がその中に加わるとは思いもしなかった。実感が湧かないせいか、胸の内に広がるじんわりとした何かに、多分戸惑っている。
それだけに、調子の悪い小娘に負けたらおじ様の立つ瀬がないでしょ、なんて言ったら台無しだ。少々嫌味が過ぎる。
心の底から思っているし、そこまで言えるだけの自信はある。ボドロがああいうことを言い出さなかったら正々堂々と戦っただろう。
宣言を受け入れた理由は単純で、戦っても戦わなくても勝つなら当然楽な方を選んだ方がいい。強さを誇示するつもりはないし、拳でわかり合うなどという脳筋な考え方は私にはない。舐められたから見返すというのも今しなくていいことだ。
戦わなければ勝敗はわからない場合とは全く違うからこその判断だった。ボドロより私の方が格段に強いと思うのは、決して傲りからくるものではない。
――ほらやっぱり弱かった。数試合後、キルアにあっさりやられて倒れていく彼への感想はそれしか浮かばなかった。