independence from family

06

 パドキア共和国への飛行船が発つまであと1時間しかない。空港でそれぞれ用事を済ませている間、ゴンはを探していた。
 ちょっと買い物してくる、と言ったきり戻らないのだ。
 女ってのは買い物が長いからなぁ、とレオリオが言っていたのでこうして遠くまで探しにきたのだが、まだ見つからない。
 くんくんと鼻を使って辿ってみてもいいのだが、はレオリオのように香水をつけていないし、キルアやヒソカのような血の匂いも纏っていないので途中で諦めた。
 年頃の女子が買いそうな物などゴンには到底思いつかない。くじら島で鍛えられた勘を頼りに探していくしかなかった。
 結構離れたところまで来て、ようやく隅の方で通話をしているを見つけた。

「――、……」

 向こうも気配を察したのか、目が合った。少し待っていてねと言うように片手を上げたので、それに頷いたゴンは少し離れた場所で待つことにした。
 何を話しているのかまではわからない。が電話をかけそうな人と言ったら家族か師匠か、そのあたりだろう。ゴンが知っている彼女の情報はそれくらいしかない。そういえばってあまり自分の話をしないな、とその時初めて気づいた。
 電話の相手は身内かと思ったが、人が親しい相手と話す時に見せる温かさがからは感じられなかった。何というか、極めて事務的な淡々とした表情に見える――彼女は割といつも淡々として表情を変えない方ではあるのだが。
 5分も経たないうちには電話を終え、ゴンのところまで小走りして来た。

「探してた?ごめんね」
「ううん。見つかって良かったよ」
「もしかして出発ぎりぎり?」
「今から行けば充分間に合うから大丈夫だよ」

 それなら良かった、と安堵のため息を漏らす。二人並んで搭乗ゲートへ歩を進めた。
 ハンター試験は合格した。最後の最後にいざこざがあり、これからキルアの家へ向かう。
 噂に名高いゾルディック――ゴンはキルアから直接聞いたので知っていたし、もまた知識として知っていた。殺し屋関係を調べた時、しょっちゅう名が挙がるほど有名な一家だ。
 正直なところ、故郷にいる時にゾルディック家の誰かを差し向けられなくて良かった、というのがの本音だ。キルアの他の兄弟はどうかは分からないが、イルミが雇われていたらきっと今ここにいない。

「家族と電話してたの?」
「うーん、そんなところかな」
「?」
「そんな目で見ないで……家の執事に電話してたの」

 どうもゴンの視線が苦手なようだ。周りにこんな風に淀みなく真っ直ぐな目をする人間がいなかったからだろうか。嫌いではないが、少し苦手だ。嘘を吐けなくなる。
 そしてその澄んだ瞳でゴンが感心して、うっ、と妙な感覚に陥った。その内慣れるだろうか。

「執事ってすごいね。はお嬢様なんだ」
「お嬢様ね……そんな可愛らしいものじゃなかったけど」
「両親には連絡しないの?あ、そうか。家出中だったっけ」

 変に気を遣わず素直な言葉が出てくるゴンと話すのは、楽ではないが新鮮だと思える。
 これがクラピカならもっと遠慮がちに聞いてくるのだろう。どちらも悪意や魂胆がないことがわかっているので、も警戒しないで答えることができる。
 珍しく訊いてもよさそうな雰囲気なので、ゴンはこの機会を活用することにした。

「お兄さん達は?」
「歳が結構離れてるし、向こうも仕事してるからね。すぐ上の兄、って言っても5つ離れてるけど、その人とはたまに連絡とるよ」
「キルアのところと似てるね。仲がいいかは別だけど……」

 ゴンにそう言われて考えてみると、キルアも兄弟同士の歳は離れているようだ。
 イルミは長男だろうか。よりも年上であることは確実だろうが、キルアとの年齢差は結構なもの……こんな時に不謹慎かもしれないが、そういうことを考えるのは楽しい。
 キルアの話になった途端、わかりやすくゴンの表情が曇った。今キルアの話題はタブーだったかな、と思ったがその話題を振って来たのはではなくゴンの方だ。

から見て、キルアの家はどう思う?」

 唐突に訊ねたゴンを思わず見下ろした。その視線に答えるようにゴンも見上げる。
 どうしてそんなことを訊くのか、という顔をしていたのかもしれない。が何かを言う前にゴンが続けた。

は個人的にどう思ってるのかな、と思って……」
「個人的ね。そうだなぁ、イルミが言ってたことは間違ってはいないと思うよ」

 あからさまにゴンがむっとしたのがわかった。少し微笑ましい。
 話は最後まで聞きなさい、と諭した時、まるで姉のような口調になった。そのことで胸が温かくなったのは流石に場違いだろうか。こほんと咳払いをしてそれを振り払った。

「キルアは天才なんでしょう。家にとっての大事な後継ぎなら家族が執着するのも不思議なことじゃない。でも後継ぎだから大切、という範疇からかなりはみ出してるよね。窮屈な感じ」

 後半の言葉になんとなく棘を感じた。ゴンには少しだけそれが以外だった。
 が何を考えているのかよくわからないから、彼女は今回の件に乗り気ではないのだと思っていた。ゴンはもちろん、クラピカやレオリオほどイルミに対しての嫌悪感や敵対心がないように見えていた。
 なんとなくとか、皆が行くからとか、そういう曖昧な理由でもついて来てくれるならそれでも良かった。
 だが彼女は彼女なりに思うところがあって一緒に来てくれた。少なくともキルアのことを無関係の他人とは思っていない。それがわかって思わず笑顔になった。

「友達だからとは思うけど、他の家族のことだから立ち入りすぎることにはちょっと抵抗あるよ」
「うーんまぁそれは……でものお兄さんはあんなことしないでしょ?」
「それはそうだね。兄貴のくせにいつまで経っても弟離れができないってのはちょっと……よくないね」

 とは言ったものの、イルミのオーラを肌で感じた時には悪寒がした。念の何たるかを学んで自身も習得したからこそだ。
 キルアが抱いていたのは兄に対する恐れの感情だ。操作されているのかと疑ったが、どうもそういうわけではないらしい。
 最終試験の時にキルアと対峙したイルミはかなりの使い手だと感じた。だがどんなに強くても、ああいうべったりした執着心が嫌いなので、心が折れるような相手ではない。もちろん勝てるかどうかは別の話だ。

「だからキルアはちょっと可哀想だなと思う。本人にその気がないのに周りは離してくれないなんて窮屈だよね、きっと」
「そっか。同じ立場だったら、って考えたらの方が理解できそう」
「ごめんね。ゴン達と違う理由でついて来ちゃって」
「全然そんなことない。嬉しいよ」

 自分だったらどうだろうか。兄弟が多いのはキルアとの共通点の一つでもある。
 念を知らなかったとしても、キルアと違って自分の兄弟に恐れなど抱かない。
 そこがゾルディック家との違いだ。元よりは後継なんていう大それた存在でもないのだから、キルアと比べること自体間違っている。理解できるかと言われたら、相手の立場に立って考えることくらいしかできない。
 暗い何かがキルアとイルミの間にあるのは事実だろう。それを知らずにどうのこうのと外野が言っても無駄なことだ。
 確かにキルアと違って兄弟達はに執着などしない。その代わり、母の偏執がある。――やっぱりキルアと似たようなものかもしれない。

「……私、こうして友達の家に行くのって初めて」
「オレもだよ。島には子どもが全然いないから」
「ゴンは友達多そうな気がしてたけど、そうだったんだ。意外だね」
「うん。それに同い年の子はいなかったし、周りは大人しかいなかったよ」
「私もそうだよ。ところで手土産とか持って行った方がいいのかな?」

 冗談のつもりだった。だが表情が伴っていないせいか、ゴンには真面目にそう考えているように見えてしまったようだ。
 彼の濁りない目で見つめられるのは苦しいが、嫌味のない純粋な笑顔は見ていると靄が晴れていくような気持ちになる。

「何か買ってく?」
「レオリオ達に聞いてみようか」

 出発時間にはぎりぎり間に合ったが「んなわけねーだろ」とレオリオに呆れられ、クラピカにも苦笑いされることを二人とも想像できていなかった。