街に着いた翌日、情報収集を兼ねてクロロは商店街へ向かった。観光客を装って人に話しかけるかけ、何人かと話をしたところで街のはずれに図書館があると知り、まずはそこへ行って調べることにした。
図書館に着いて数冊机に置いて一つずつ読み漁っていく。分厚い歴史書を半分読み進めていると、この国独特の宗教を紹介するページに例の祭りについて述べられていた。
"女神がこの国に平和をもたらしたと言われる日を祝うために始まった感謝祭は国全体で行うものである。その際、平和のために犠牲となった英霊の血に見立ててトマトジュースや葡萄酒など赤い飲み物が食卓に並ぶのが定番である。"
"女神を象徴する花を冠にして親から子へ送ることが習慣になっている。花は薬草としても使用できることができる国花である。"
"女神に仕える身となる場合、心身共に清くあらねばならない。基本的に修道生活は男女別である。しかし地方や地域によっては男女混合の場合もあり、規律が異なる場合もある。"
感謝祭に血を模した飲み物とは皮肉だな、とクロロは薄笑いした。挿絵には赤ワインが注がれたグラスと国家らしい白い花が描かれている。争いが起こった理由が詳しく書かれていないことにクロロは気になった。大昔の話なら多少脚色されていても仕方のないことだが、内容は大分省かれているような気がした。
熱中していたせいか、時計を見た時にはかなり時間が経っていた。気を取り直してこれからどうするかを考えながら本棚に本を戻していく。朝と同じように地元の人間から話を聞いた方がいいだろうかと思い、図書館を後にした。
昼食のために外へ出て歩くと、至る所で頭に白い花冠を乗せた子ども達を見かけた。図書館で読んだ歴史書に書かれていた花冠はこのことかと思い、オープンカフェの女性店員に訊ねるとにっこり笑って説明した。
「冠はお祭が始まる少し前から皆作り始めるんですよ。私も昔は母に作ってもらいました」
「へぇ、すごいな」
「母親のいない子もいるんですけど教会でさんっていうシスターが作ってくれるんです」
昨日のあの女だろうかとクロロは顔を思い出そうとしたが、ぼんやりとしか思い出せない。店員の言うシスターは他の人のことを指しているのかもしれないが、教会には昨日のシスター一人しかいなかったような気がした。普通教会にはシスターが何人かいるはずだが、今時そういう職に就く人間は珍しいのかもしれない。
「そういえば神父さんらしい人は昨日いなかったみたいだけど……」
「いつもはいるんですけど、最近は忙しいみたいでほとんど戻ってないらしいですよ」
「その神父さん、他に何か仕事でも?」
「うーん、普段は市長のところで仕事をしてるみたいですけど詳しいことは分からないですね。最近はお祭りの準備をしているのかあんまり見かけないですし……」
祭りは主に宗教が主体となって行われるのだから、神父が市長のところへ行って打ち合わせをしていると考えても不思議ではない。この国のほとんどの人間は例の宗派であるし、この店員の口ぶりからして彼女も信仰しているのだろう。そういったものに興味のない自分がここにいて大丈夫なのだろうかと、クロロは呑気にそんなことを考えていた。
「ありがとう。ごちそう様」
にこりと笑ってお代をテーブルに置くと店員も笑い返した。カフェを後にしてそのまま昨日の教会へ向かう。あらゆる情報を持っているのは大抵権力のある人物だが、宗教性の強い国なのでクロロは神父の存在が気にかかっていた。あのシスターから何か聞き出せないだろうか。
教会に着くと裏庭へ続く道があることに気がついた。昨日はとくに注目しなかったが、その先へと続く道の入り口には緑と花覆われたアーチがある。さっきの子どもがつけていた冠と同じ花だ。その先に何があるのかここからは見えないが墓地よりもずっと狭そうに見える。教会の裏と言えば墓地なのではないかとクロロは疑問に思ったが、特に気に留めることはなくドアに手をかけた。
中には一人の男がいた。シスターの女と少し話したかと思えば急いで教会から出て行こうとした。すれ違いざまに見た男の顔は、何故か思いつめたような顔をしていた。教会で用事を終えた人間は皆あんな表情をするものだろうかと思いながら中を覗くと、昨日のシスターがクロロに気づいて微笑んだ。
「貴方は昨日の……」
「こんにちは。近くまで来たから寄ってみようと思って」
シスターは昨日と同じく柔らかい雰囲気なのに少し疲れているように見えた。
「町の人から聞いたんですけど、貴女がさん?若いのにシスターなんて珍しいですね」
「子どもの頃から神父様にお世話になっていたものですから。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「クロロと言います。しばらくこの街にいるからここで色々聞こうかと思って」
「私にできることであれば何でもおっしゃってください」
さっきの男は彼女が目当てで教会に来ていたのだろうかとクロロは考えたが、不躾な質問になりそうなので聞かないことにした。そもそも聖職者はそういう道を歩むことはできない。
静まり返った教会の内部を見渡してもやっぱり他に人はいなかった。奥に二つ扉が見え、一つは告解室だろうと思ったがもう一つは何か分からなかった。裏口へ続く道かもしれないと思い、再びに向き直った。
「ここには神父さんはいないみたいですが、いつも一人なんですか?」
「最近はそうですね。お祭りの準備で忙しいみたいです。でも教会を何日も閉めてはいけませんから私が神父様の代わりに仕事をしています。代わりに日曜日にはお休みをいただいているので……」
教会に多くの人が来るのは普通日曜日のはずだが、神父がを気遣ってくれているしい。聞けばボランティアとして街の人間が楽器を弾いて聖歌を歌うのだと言う。私はオルガンを弾けませんからと笑ったを見て、クロロはどうしてこの人はシスターになったのだろうと不思議に思った。そして警戒心も何もなさそうな彼女を見て一つの考えが浮かんだ。
どうにかして利用できないだろうか――目の前の男がそんなことを考えているとも知らず、は笑顔を浮かべたままだ。そしてクロロは少し困った表情で申し訳なさそうに切り出した。
「明日は日曜日だし、町の案内を頼んだりしたら迷惑かな?あぁでも折角の休みだし、予定があるなら遠慮しますけど……」
「予定は特にありませんが、あの、私でよろしいのですか?」
「もちろんですよ。貴方にお願いしたいんです」
「そうですか……分かりました。ご案内させていただきます」
今までの経験上、普通の女なら頬を赤らめて「いかにも」分かりやすい反応をしたものだったが、クロロの静かな押しには一瞬困ったような反応をした。自分にできることがあれば手伝うと言ってしまった手前、それを撤回するわけにもいかない。神に仕える身である自分が仕事以外で異性と出歩いてもいいものだろうか、しかし他を当たってくれとも言えなかった。
お宝について何かの手がかりを掴むためなら何か知っていそうで、それでいて話しやすい人物がいいと考えたために町の案内を頼んだだけだ。彼女であれば何かうっかり口を滑らせるかもしれないと、この時ばかりは安直な考えをしていたのだった。