毎日の礼拝を欠かさず決まった時間に行うことがの習慣だ。シスターとして当然のことだと信じてはいるが、毎年祭りの時期が近づくと妙に落ち着かなくなる。楽しみでそわそわする子どものような期待ではなく、葛藤や不安に駆られて逃げ出したくなるのだ。それを誰にも言えないまま何年も経ってしまい、少女から大人へと変わりつつある。
シスターとして、一人の人間として、この教会へ告解しに来る人々の手助けをしてきたつもりだ。自分がするべきことは彼らを良い道へと導くことだとしても、完全に救えることができたかどうかは分からない。
「女神様、私は本当に人の助けになれているのでしょうか……」
目の前の女神像を見上げてはぽつりと静かに問いかける。教会に一人きりの彼女に応える相手は誰もいない。ステンドグラス越しに照らされた女神像は優しげな表情でを見下ろしているが、その沈黙が残酷に感じられた。
その時教会の古くなった扉が大きな音を立てて聖堂に響き渡った。後ろを向くと遠くに一人の男が見える。何度かこの教会に通っていたその男をは少し苦手に思っていた。
どこか張りつめた面持ちの男はゆっくり歩いて近づき、の近くまで来て椅子に腰掛けた。先に告解室にいるべきだったと後悔したが、男の目的はそれではない。嫌な予感がしながらもは微笑んで男に挨拶をした。
「こんにちはシスター。神父様は今日もいらっしゃらないんですか?」
「はい。別件でお忙しいみたいです」
「そうですか。その……祭りの日までに本当に用意できるんですよね?最近神父様の姿が見えないから少し心配で」
「もちろん、大丈夫ですよ。私もヘルガさんの体調が良くなることをお祈りします」
「良かった……母は祭の日をとても楽しみにしているんです」
一時的なものでもシスターとしてのの言葉と表情は男を安心させた。安心した男とは反対にが裏でそんなことを考えていることは勿論男は知る由もない。
男が教会へ通い始めたきっかけは、友人とのトラブルについての罪の告白をしに来たことだ。自身を責め続ける男の手助けをしたのは神父とであり、今では体調不良の母親が良くなるようにと祈るために通っている。同じような理由で教会へ通う市民は多く、老若男女問わずや神父が彼らの言葉に耳を傾けているのだ。
男は少し眉を顰めての顔を見た。こちらに近づいて来そうだったので思わず身を引いてしまったが男は気がつかなかった。
「最近顔色が悪いようですけど大丈夫ですか?」
「え……そうですか?」
「はい。無理はしないで下さいね。シスターお一人なので大変だとは思いますが……」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
指摘されなくても本当は分かっていた。教会の程よい明暗の中では顔色は分からないと思っていたが、それほど悪化してしまったのだろうかと途端にの嫌な予感は見事的中した。
「ところで祭の日はまた仕事ですか?」
「はい。神父様や市長の手伝いがありますから」
「休憩とかは?もし時間があるなら一緒に――」
嬉々として誘う男の言葉はここ数日で何度か聞いたものだ。毎回違う誘い方をしたが、その度にが断っても男は諦めなかった。どうしたら聖職者である自分の立場を分かってもらえるのだろうとは頭を痛めているが、真剣な顔で向き合っても男が食い下がることはない。顔色が悪いと言われるのもこれが原因の一つじゃないかと思ったが、自分が中途半端な情けをかけているせいだとは分かっていた。
「ごめんなさい……お気持ちだけ受け取ることはできても同じ気持ちを返すことはできません」
「そんな、だって首都のシスター達は皆こっそり遊んでますよ!」
神聖な場所でなんてことを言うのだろう。場所を選ばない男の発言と、彼の言った事実には眩暈がしそうになった。
確かに自分が学生の頃に首都の修道院にいた時もそういうシスターは何人かいたし、同世代の学生でもそういう子がいた。しかし自分もそのシスター達と同じように見られているのだろうか、神父様はこのことを知っているのだろうかと不安にもなり、焦った様子の男を宥めるしかなかった。
再び教会の扉が大きな音を立てて開かれた。人のシルエットが見えるが逆光で誰なのかは分からない。人が来てしまったことで更に焦った男は立ち上がってを見た。
「……また来ます」
短くそう告げた男はすぐに走って行ってしまった。は祭が終わるまで来てほしくないなと思ったが多分それはないだろう。祭さえ終われば少しは落ち着いてくれるのだろうか。
男が出て行った後に扉は閉められ、再び静寂が戻った。通路を歩いて新たに教会へやって来た人の姿がはっきり見える。額に包帯を巻いたその青年に見覚えがあった。気持ちを切り替えなければと思い、は笑顔で青年を迎え入れた。