04

 宿に迎えに行きますと言われ、クロロは待ち合わせ時間の15分前に宿の外に出た。何か口を滑らせるのを待つか、そうでなければ盗んだ念で操作すればいい。決して油断しているわけではないが、そういう考えを表に出さないように気をつけなければいけない。

 それから数分経ってはやって来た。休日なのでもちろん修道服ではない。クロロはこの街へ来てまだ3日しか経っていないので、シスターとしての彼女しか知らない。修道服に隠れていた髪の色やその長さを見たのは初めてだった。

「びっくりした。一瞬誰か分からなかった」
「ふふ、町の人でも今の私に気がつかないことがあるんですよ」
「日曜日が休みならいつもは出かけてるんですか?」
「たまに買い物にも行きますけど、大抵は家で休んでますよ」

 普段の仕事が大変だから日曜日くらいはゆっくりしたいのだろうか。はどこに住んでいるのだろうとクロロは考えたが、そこまで重要なことではない。目的はお宝だけだ。
 心なしかは緊張しているように見える。地域によって規律が厳しい宗教だと昨日読んだ本に書いてあったが、この街は厳しい部類に入るのかもしれない。自分が無害であることを分かってもらうため、クロロの口からはすらすらとそれらしい言葉が出た。

「男性と歩くことは本当は良くないことなんでしょうが俺は観光客ですから。街の人に何か言われたら俺も否定しますよ」

 それを聞いては驚き、昨日だけでなくこの瞬間にも自分の様子でクロロにそう思わせてしまったことを後悔した。人の良さそうな青年の笑顔はただのシスターを安心させるには充分だった。

「ありがとうございます。それではどこから案内しましょうか?」
「おすすめする所があればどこでも構いませんよ。あとは歴史のある場所とか」
「そうですね……有名なのは美術館でしょうか。後はここからバスで山の方へ行くと古城もありますよ」
「じゃあ始めは美術館に行ってもいいですか?」
「分かりました。では行きましょうか」

 このくらいの年の女ならデート気分で浮かれそうなものだが、にはそういう様子が全く感じられなかった。シスターとして禁欲的な生活をしている彼女には本当に欲がないのかもしれない。自分の言葉が効いたのかは分からないが、クロロはにっこり微笑んだ。

 は歩きながら街の店や他の建物を紹介して、クロロもそれを聞きながら関心したように相槌を打った。詳しい説明をしてくれたので「観光ガイドでもしたらどうですか」と冗談めかして言うとも「いいですね」と面白そうに笑った。住み慣れた街を案内できるのは嬉しいことなのだろうか。話を聞いているうちに、が一度も国の外へ出たことがないのだと分かった。
 美術館へ向かう途中、クロロは街を歩く人の中で偶然昨日教会から出て来た男を見かけた。店から出てきた男はしばらくするとこちらに気づいて、を、と言うよりクロロと歩いているを見て面白いくらいに驚いた顔をした。

――ああ、やっぱりそういうことか。自分の隣で美術館について話しているを横目に見て、二人の関係をなんとなく想像できた。私服でなくとも修道服を着たはそれなりに映える、シスターとしての理想のような女だ。単純な男はそれだけでも入れ込んでしまうのだろう。昨日彼女が疲れたように見えたのもそれで納得がいく。好きでもない男に言い寄られてもはっきり断れないのだろうが、クロロにとっては好都合だ。

 男の気配はクロロ達を追いかけてくる。10メートルも離れていないがこれ以上近づいてくる様子もなさそうだった。誤解されてもどうということはないが、お宝目当てでに近づいたので邪魔されることだけは御免だった。どうせ男には聞き取れないだろうと思い、クロロは申し訳なさそうにの言葉を遮った。

「やっぱり古城に行きたいって言ったら迷惑かな?」
「え?いいですけど……少し時間がかかりますが大丈夫ですか?」
「ええ。そういえばガイドブックを読んだ時に行ってみたいと思ってたんです。先に行っておこうかと思って……商店街通ってもいいかな?」

 返事を聞く前にクロロはの手を握って人混みの方へ誘導した。尾行を撒くにはこうするのが手っ取り早い。言い訳は適当だったが遠くに見えた古城に興味がないわけではない。空港からこの街へ移動した時のバスに揺られる時間に比べれば、ここから古城までの距離はずっと短い。
 少し早めに歩くとあっという間に男の気配はなくなった。商店街の人混みから解放されてしばらく進んだ先でようやくクロロは立ち止まった。急かしたことを謝ろうとを見ると、ほんのり顔が赤くなっていた。

「引きずってすみません。速く歩きすぎましたか?」
「いえ、そうではなくて……お恥ずかしい話ですが、男性と手を繋ぐことなんて今までなかったものですから変に緊張してしまって」
「ああそっか。シスターですからね」
「はい、神父様以外とは全く……」
「え?…………」

 僅かな沈黙が流れる。きょとんとしたクロロの顔を見ては慌てて否定した。

「あ、違いますよ!そういう意味ではなくて……神父様は私の育ての親のような存在なので、その、子どもの頃の話ですよ?」
「なんだそういうことか。びっくりしたよ……ふふっ」

 顔を赤くして必死に否定するが面白くてクロロは思わず笑ってしまった。こうして見ると普通の女と何一つ変わらない。聖職者そのものであるとクロロは思っていたが、人並みに照れたり恥ずかしがったりするものなのかと少し安心した。
 どうやって神父まで辿り着こうかを考えていたクロロにとって良い情報だ。なら今のようにうっかり何かを洩らしてくれるかもしれない。神父とにとって後ろめたいことが何もなければ何でも簡単に話してくれるだろう。やはりこの女が一番の近道だとクロロは確信した。

「じゃあ行きましょうか。手はこのままにしておく?」
「い、いえ、駄目ですよ。街の人は良く思わないでしょうし、私は女神さまに仕える身ですから……」
「言うと思いました。ごめん、ちょっとからかってみたかったんだ」

 まだ少しだけ赤くなっているもおかしそうに笑った。離れていった手に名残惜しさは感じられないが、手を繋ぐことに恥ずかしさを感じていたは少しだけ安心した。
 尾行していた男の気配はもうない。古城につくまで時間もある。クロロはもう少しの気を緩めさせてからお宝の話へ誘導しようと考えた。

(2015.07.?)