城下町は多くの人で賑わっていた。路地裏のレストランで昼食をとっていると様々な人が行き交っていく。オープンテラスの席からは観光客らしい、明らかにこの街の住人ではないような人間が何人も通るのを見かけた。クロロもまたその一人なのだろうとは思っている。自分の目の前に座る彼に、出身はどこの国なのかを聞くと柔らかい笑顔で流されてしまった。
「言っても多分知らないところですよ。さんはこの国の人?」
「子どもの頃に神父様に引き取られたので生まれは分からないんです。この国の出身だったらいいんですけどね」
「どれくらい前からここに?」
「6歳くらいの時にはもう修道生活をしていましたけど、あまり覚えてないんですよね……」
まさか彼女も自分と同じ流星街出身なのだろうかと思ったがそれは訊かなかった。子どもの頃からこの国にいたのならそれより昔のことは忘れているだろう。住み慣れたこの国が彼女にとっての故郷なのだろうと思った。
ゆったりと食事の時間が流れていく中で、なんとか神父のことを聞き出せないだろうかとクロロは話を掘り下げていく。会って間もない相手に深く訊くのは相手が女であれば容易いだろうと思っていた。
「ずっとその神父さんと暮らしてたんですか?」
「いえ、学生時代はずっと首都の修道院で暮らしていました。ここへ戻って来たのは卒業してからですね」
「へぇ、修道院の暮らしって窮屈なイメージだけど」
「普通の学校と比べたら確かに規則は厳しいかもしれないですね」
「やっぱりそうですよね。学校は楽しかった?」
それなりに、と答えたは困ったように笑い、その表情からよほど規律の厳しいところだったのかと想像させた。望んでシスターになったのか、それともそうなるように言われたのかは分からない。あまり個人的なことを訊いて警戒されてしまっては意味がないのだ。
はこの街に戻って来たと言ったが、彼女と同じようなシスターは他にいないのだろうか、とクロロは思い出したことを尋ねた。
「この街に他のシスターはいないんですか?」
「修道院にいた同世代のシスター達はほとんど首都にいますよ」
「よくさんはここに戻ってきましたね。友達もあっちに多かったんじゃないですか?」
「いいんです。私は神父様に恩返しがしたかったので」
無欲な女だと思うと同時に、自分の仕事が好きなのだろうと思い、クロロは特に驚きはしなかった。自ら望んでシスターになったようだが、このご時世にそういうものになろうというのも珍しい。
それに他のシスター達が首都に残りたいという気持ちはクロロにはなんとなく分かる気がした。規律の厳しい修道生活から解放されて、たまには羽を伸ばして都会で遊びたいのだろう。その辺りは年頃の女として当然なのかもしれないが、神に仕える立場としては不純と言うべきかもしれない。
こうして今のを見るとどこにでもいる普通の女で、シスターらしい面影が残っているのは時々見せる微笑みだけだ。いや、シスターになったからこういう女になったのかもしれない――クロロにはシスターではないの姿を想像できなかった。
食事が一段落した頃、偶然白い花びらがひらひらと舞ってきてテーブルの上に着地した。クロロは国花であるその花びらを指でつまんで弄ぶ。
「そうだ。お祭ってどんなことをするんですか?」
「教会で聖歌を歌ったり、花冠をつけた子ども達が街でパレードをしたり、お祭は一週間ありますから色々ありますよ」
「じゃあ神父さんと仕事で忙しいでしょうね」
「もう慣れてしまいました」
そう言って笑ってはいるが顔色が悪い。疲れが見えるのは祭の準備で忙しいからだろうか。二人しかいない教会に大勢が押し寄せたら祭どころではないだろう。本音を言えば祭りの前に神父関連の情報を掴むか、シャルナークが情報を提供してくれたらクロロにとって都合がいい。
「観光ガイドにも書いてありましたけど、かなり昔からある祭なんですよね?」
「はい。でもいつからあるのかは誰も分からないんです」
「え?歴史の本とかに書いてないんですか?」
「昔首都で火事があって資料館が全焼してしまったらしいんです」
「そうなんですか……同じような資料はもう残ってないんですか?」
「もしかしたらどこか残っているかもしれませんが、火事から何年も経ってますからね……」
自身もそれを信じていないかのような口ぶりだった。
クロロは今まで、決して存在しないと言われてきた物をいくつも見てきた。その資料はこの国のどこかに残っているかもしれないし、もしかしたらお宝に関する情報を得られるかもしれない。
聞けば厳重に管理されていたはずの資料館だったらしい。そこそこ大きなこの国は警備員を雇う金には困らないはずだ。資料はもちろんだが、なぜ火事が起きたのかという方がクロロは気になった。
この手の職業の人間とは話が合わないかもしれないと思っていたクロロだが、意外にもとの話は尽きなかった。シスターとは規律に厳しく閉鎖的な環境で暮らす女、という先入観がなかったわけではない。が修道服を着ていないおかげで、今だけはそのイメージを忘れ去ることができた。
食後の紅茶を飲んで一息ついた頃、初めて会話が途切れた。
はクロロの額をちらりと見た。初めて会った時からずっと額に巻かれている包帯はどうしたのだろうと気になっていたのだ。
あまりじろじろ見るのも失礼だと思い、目を逸らしたがあまりにも不自然で、それを見ていたクロロはふっと笑った。
「包帯が気になる?」
「えっ、いえ……ごめんなさい。不躾でしたね」
「そんなことないですよ。多分さんが見たらびっくりすると思う」
意味深に笑うクロロの言っていることが何のことか分からない。大きな傷跡でもあるのだろうかと思い、はそれ以上何も言わずに自分の腕をぐっと握りしめた。失礼なことをしてしまったかもしれない――が思い詰めている姿をクロロは面白そうに眺めていた。
食事を終えた二人は店から出て古城へ向かうことにした。クロロは知人から電話が入っていたと詫びて、少し離れたところで携帯電話を取り出した。もちろん電話は誰からもかかって来ていない。僅かな情報を伝えるためにクロロはシャルナークに電話をかけた。
「シャル、この国の歴史書は読んだか?」
「え?読んでないけど」
「市販に出回っている物より更に古い物があるかもしれない。保管されているとしたら恐らく一般人は入れない場所だ」
「かもしれない、ってどういうこと?」
から聞いたことを話すと、シャルナークは呆れた声を出した。燃えてしまった物が残っているわけないじゃないか、と心の中で思ったがクロロの頼みを断るような男ではない。
「できる限りでいいから調査してくれないか?他の連中にも伝えてくれ」
「仕方ない、了解。何か手がかり掴んだの?」
「今から確かめるところだ」
何それ、とシャルナークは電話の向こうで笑った。電話を切って大通りの方を見ると、曲がり角でが待っている。電話の内容を知る由もないを見てクロロは口元に笑みを浮かべ、自分を待つ彼女の元へと歩いて行った。