度々ヒミコ様の御許へやって来るあの御方の羽衣の下には金色が広がっているのだろうか。時折隙間で光る美しい金の色は西安京では他に見かけたことがない。
ヒミコ様も美しい御髪をお持ちだけれど彼女と同じ色の私の髪は鏡を見ても綺麗には見えなかった。私の髪はヒミコ様のように美しい濡羽色にはなれそうにないし、ウシワカ殿のように女性より美しいきらきら光る御髪に近づくことさえできない。
侍女としての一日の仕事が一通り終わり廊下に出てふと外を見た。……最近夜の訪れが随分早いように感じる。
それだけ仕事に集中しているのかもしれないけれど、毎日早い時間に月を見ている気がするのだ。夜が長く感じられるけれど、毎日月を見るのが少しだけ楽しみになっている。そういえば庶民街の方では最近スリが頻繁に起こっているらしい。
「、早くお休みなさい。明日も早いのでしょう?」
「はい。それではお先に失礼いたします。お休みなさい」
廊下で会った先輩はそのままヒミコ様の御許へ向かった。確か今日はウシワカ殿が御見えになっていたはずだ。だから先輩はまだ仕事があるのだろう。若輩者の私が彼らを手伝えるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
神殿の裏に広がる海は空に浮かぶ月を映し出している。夜の海はどうも恐ろしい。月の光のおかげでその恐ろしさは和らいでいるような気がするのだ。
他の侍女は皆寝てしまったはずなのに、木の床が軋む音が廊下の奥から聞こえる。さっきの先輩だろうかと思ってその先を見つめているとウシワカ殿がこちらに歩いてきた。
「こんな時間に何をしているんだい?」
「……先ほど作業が一段落したところでございます」
今日もいつもの羽衣を御召しになっているので、残念ながらあの金色を拝むことはできなかった。もう一度見てみたい。人当たりの良いウシワカ殿ならば快く了承して下さるだろうけれど、私のようなただの侍女が陰特隊の御方にそのようなお願いをすることはできないのだ。太陽の下であの髪はきらきら輝くけれども、月の下だったら一体どんなに神秘的な輝きを放つことだろう。
軽やかな足取りでウシワカ殿は通り過ぎた、と思った。廊下の縁に手を預け、私の横で空に浮かぶ月を寂しそうに眺めている。
「月がお嫌いですか?」
「そんなことはないよ。ただ、ユーのようにずっと見つめ続けていたら悲しくなりそうだ。それに最近、何故か夜が長く感じるから余計にね」
それはつまり嫌いと言うのでは……しかしウシワカ殿の言い方だと月は悲しい存在であるかのように聞こえる。私も月は好きだけれど太陽の暖かさの方が身近に感じる。日の光は暖かい。かと言って月が冷たいわけでもない。だとしたら人間にとって月とはどのような存在なのだろう。
「夜は人を不安にもさせるものかもしれません。ウシワカ殿がそのように考えるのも夜が長いからではないでしょうか」
「そうかもしれないね。誰かが意図的に夜を長くしているのかも……」
ウシワカ殿は微笑んだけれど、そんなことは有り得るのだろうか。夜を長くさせている人物は何を思ってそうしたのだろう。何かをじっくり考える時間が欲しかったのだろうか。
遠くの国では、月はころころ姿を変えるので人を不安にさせると言われているのだとヒミコ様に教えていただいた。夜や月はどうしてそう思われてしまうのだろう。
風が吹いた瞬間、隣の羽衣がふわりと揺れてきらりと光る金色が見えた。ほんの一瞬の煌めきはどんな高級な着物や飾りよりも美しかった。
「ウシワカ殿の御髪は月のように美しいではありませんか。そのように思われたことはないのですか?」
「……それは考えたことがなかったな。ミーにとっては普通のことだと思っていたからね。ユーこそ自分の髪をビューティフルだとは思わないのかい?」
「そうですね。私はいつもウシワカ殿やヒミコ様の御髪を羨ましく思っておりますから……それに、真っ暗闇の夜では恐ろしいから月が心を落ち着かせてくれているのも確かだと思います」
他に金色の髪を持つ人は今のところ西安京で見かけたことがない。もしかしたらいるのかもしれないけれど、ほとんど神殿から出ることのない私は見かける機会を逃しているのかもしれない。
どうしてウシワカ殿はいつもその御髪を隠してしまわれるのだろうと不思議に思っていた。人と違うからなのか、他に理由があるのか、そんなことを訊ねることはできなかった。
「ここの人達は皆黒い髪だけど、ミーは黒髪にも色々違いがあると思うんだ。ユーの髪は月が照らしていてみずみずしく見えるよ」
「も、勿体ない御言葉をありがとうございます……」
ほとんど言葉を交わしたことがない殿方からそんなことを言われるとは夢にも思わなかった。自分の髪をそう思ったことはなかった。この嬉しさをどう伝えたらいいのだろう。
ふわりと羽衣が舞い上がり、赤い縁に乗ったウシワカ殿は高下駄を鳴らしてから私を見た。このままどこかへ去って行き、ついには夜の暗闇の中へと消えてしまうのだろう。何せこの御方はヒミコ様が最も信頼している陰陽師なのだから。
「月を見ると時々寂しくなるけど、そういう風に思うのなら悪くないね。サンキュウ、ミーはまだまだ頑張れそうだ」
それだけ言い残してふわりと降りて行った。ウシワカ殿と同じ金の髪を持つ人間なら、彼と同じ気持ちになってお互いを慰め合うことができるのだろうか。他に金の髪を持つ人間がこの世にいるのかは分からない。月を見ると寂しくなるのは月がよく見える場所に住んでいたのでは……謎の多い御方だ。
いつかまた月の見える日に御会いすることができたのなら、月は太陽と同じくらい私にとっては大切な存在だと伝えたい。その日が来るまで、せっかく御褒め頂いたのだから自分の髪を少しずつ手入れをしてみよう。