ある日の魔女



 は一週間のうち、せいぜい3回程度しか姿を見せない。運がいいのか悪いのか分からないが出会ってしまった。数日連続で見かける時もあれば一週間全く見ない時もあるのだから、偶然見つけてしまったことの方が珍しいとも言える。俺がに会ってしまったのも随分久しぶりだ。二週間くらい見ていない気がする。
 は里の一番寒い場所で正座をして、霧に覆われてほとんど見えない外を眺めていた。ぴくりとも動かない後ろ姿だけを見ると、修行でもしているかのように見える。ちゃっかり防寒具を着こんでいるので放っておいても問題はない。この土地で寒がりな妖怪なんて珍しいが、こいつはいつも厚着をしている。寒さが苦手なにこの場所は相当きついはずだが、こいつが修行、しかも寒地での修行なんてあり得ない話だ。

「……ふ」

 何か聞こえたような気がしたのだが、風が吹いた音だと思い込んだ。俺も鍛練場に行こう。冷羅には後から報告すればいい。元からには声をかけないで去るつもりだった。振り返ってみると、の肩は妙に震えてい「ふふふ、ふ、ひゃひゃひゃひゃ、ひひひ、ふふふ」たので、……
 不気味と言うより気持ち悪い笑い声。耳に残ってしまうから腹が立つ。本当に女の笑い声かよといつも思うが止めろと言っても無駄だ。こいつの畏れになるんじゃないかと何度思ったことか。
 おい、と声をかけると笑い声はぴたりと止んだ。そしては肩越しに振り返って「あら」と素っ頓狂な声を上げた。

「また会ったね」
「二週間ぶりだけどな」

 何が面白いのかまだ含み笑いをしている。声を出さないだけマシだが、がどんな笑い方をしていようがこいつの笑い方はいつだって不気味だ。
 冷たい風が強く吹いての髪がばさばさと揺れる。整えようとすらしないのでますます不気味に見えてきた。俺がこいつの行動にああだこうだと言う筋合いはないが、今までの度重なるこいつの「いたずら」によって怒られるのは結局俺だ。酒を塩水に変える、なんてのはほんの一部。不覚にもそれを飲んだのは俺だった。
 は面白いことを聞いて欲しいと言わんばかりの顔をしている。そして悪い予感は的中してしまった。

「何してると思う?」
「知らん」
「呪いをかけようとしてるんだよ」

 だからもう3日はここから動いていない、とはもっともらしいことを付け加えた。3日って、姿が見えない一週間と4日はどこに居たのやら。
 の言う呪いとはピンからキリまで様々だ。こいつにとっては「いたずら」なんだろうが、被害を被るのは主に俺や淡島、雨造だ。馬鹿みたいな呪いもあれば里の皆が真っ青になる呪いだってかけることができる。呪いと聞いて良いイメージが浮かぶわけがない。

「何の呪いだ?」
「それがなかなか思いつかなくてね。3日も正座してたら足が痺れて動けなくなるし、ここは寒くて誰も来ないし、それで楽しいことを思い出そうとしてたら面白くなって、それで笑ってたんだよ。うふふ、ふふふ」

 さっきから笑っているそれが思い出し笑いだったことに今やっと気づいた。それで笑えるなら充分幸せな奴だ。人の気も知らずお構いなしに笑い続けるを見ているうちにどうでも良くなってくる。何に呪いをかけようかとか、まずそこからおかしい。こういう時は「いたずら」と言うのが正しいが、それを言うと調子に乗るだろうから言わなかった。
 確かに俺はを探して来いと冷羅に言われたが、連れて帰って来いとは言われなかった。見つけたところで連れて帰る気もなかった。だから俺はこいつを置いて行っても構わないし、むしろ面倒なことを起こさないようにここに放置しておきたいくらいだ。それなのに凍死したり餓死したら後々面倒くさいことになるのは俺の方なのだ。理不尽過ぎる。

「おい、手を貸せ」
「何だ?」
「立てないんだろ」
「そりゃそうだ……でもまだ呪いかけてないんだ」
「腹減ってんだろ」

 帰るぞ、と言うとそいつは不気味な笑い声は出さずに、にんまりと笑って素直に俺の手を握った。こっちが凍てつきそうなほどのの冷たい手は弱々しい。引っ張って立たせるとやはり痺れているせいか足元が覚束ない。担いだ時に抱えなおすと耳元で「ありがとう」と、珍しく不気味さの欠片のない小さな声が聞こえた。