この世の黄泉路をともに



 青蛙亭はいつも人で溢れていて、公演前の客は皆気分が高ぶりざわついている。そして公演が始まるとぴたりと止んで、静寂に包まれた中で舞台上の噺家の言葉に耳を傾けるのだ。まるで呪文でも聞いているかのように、客は目を逸らすこともできない。人に話を聞いてもらうということは難しいというのに、この噺家は容易くこなしてしまう。いかに当人に説得力があるか、声の持つ感情は柔和か、はたまたその他の何か……話上手は聞き上手、とは本当だと誰かが言っていた。
 客の一人として私が思うのは、この噺家が語る噺は本当に起こったことのように聞こえるのだ。彼の体験談というわけではない。この噺家の言葉には一人称がないのだ。「まるで本人が見たこと」は「本当にあったこと」と同じ意味だ。それを想像するとゾッとしてしまう。彼にとっては噺家冥利に尽きるかもしれない。けれども私はこの噺家の底知れぬ何かに恐怖を抱いた。
 噺家は未だ、客を魅了している。





「お嬢さん、もう今日は終了したよ」

 肩を揺すられて我に返る。いつの間にか周りの客はいなくなって、代わりに私の席のすぐ横にある通路にあの噺家が立っていた。客は誰もいなくなり、静かな舞台も主役がいないと寂しく見える。
 まだ年若いように見える噺家が私の近くに居る。この人、目が怖いな……一瞬だけ噺家の顔を見てすぐ逸らし、そんな失礼なことを考えた。整った顔、というのは一般に褒め言葉だけれど、この噺家に対しての「整った顔」という表現は、極端な話、パズルをぴったり隙間なく組み合わせたという意味だ。

「すみません、帰ります」

 正直なところ公演の記憶がない。眠くなった覚えはないのに、いつの間に眠ってしまったのだろう。かろうじて覚えているのは変な村の噺だけだ。
 それに私は一人でここへ来たわけではない。最近ここへ入り浸っている友人に連れられて来たのだ。そういえば彼女はどこへ行ったんだろう。置いて行かれたのかな、と考え帰り支度をしていると、噺家がこちらをじっと見つめているのに気付いた。気付いていたけれど無視してそのまま帰ろうとした。見られている、と感じることは滅多にないのに、今だけは確信した。さっさと帰れと思われているのだろうか。そんなに目で訴えるくらいなら直接口で言えばいいのに。

「折角来てくれたお客様に帰れなんて思っちゃいないよ。……ところで一つとびっきりのお噺を聴いて行かないかい?」

 びく、と体が固まって噺家を見ると相変わらずの表情だ。開いた扇子で口を覆っているため目しか見えないけれど、目でさえ顔の一部じゃない、パズルのピースのように見えてきた。
 私、今口に出していた?と思ったけれど「また今度にします」と断った。何より早く帰りたかった。置いて行った友人を恨みながら私は席を立ち、噺家がいる反対側の通路へと抜けて行った。すると私を追いかけるかのように、するりと耳に噺家の声が通ってきた。

「君が何を急いで何にびくびくしているのかあたしには分からないけれど、ここには君の怖がるものは何一つない……さあお座んなさい」

 子どもを諭すような声。暴力でねじ伏せることがどれだけ簡単なのだろう、と思うような声色だ。暴力とはかけ離れた、それでも限りなくそれに似たこの雰囲気が急に怖くなった。
 まぁちょっとだけ聴いていってもいい、と思う気持ちは少しもない。純粋に従わなければという気持ちだけが私を動かした。再び席に座り、噺家から目が離せなくなってしまった。気付けば噺家は私のひとつ前の席に立っていた。ぱちん、と扇子が閉じる音を合図に噺家はゆっくりとした調子で噺を語り始めた。



――自分の目は本当に正しいものを見ているのか、考えたことはございませんか。目に見えているものばかり正しいとは限らないと、考えたことはございませんか。例えばこの扇子、一見紙でできているように見えますが果たしてそれは真実でありましょうか。紙に似た何かだと思ったことはございませんか。そう、紙に似た何かなら扇子になり得るのですから例えば生き物の皮膚でさえ、自身が思い込みさえすれば紙にだってなり得るのです。

 同様に人はあらゆることに盲目的になりがちでございます。例えば自分の身の回り、肉親や友人知人、それらは果たして本当に存在しているのか、考えたことはございませんか。朝餉を共に食した家族は本当にそこにいたのか、自分の目が錯覚していりゃ脳ではそれを都合よく変換し、友と街へ赴き入った茶店で雑談しようものなら、独り言であるはずのそれは相手を必要とする会話へと自然に変換されるのでございます――


 そこまで言って噺家はぴたりと語るのを止めた。何も見ていないようなじっとりとした目は未だ私を捉えている。
 同時にこの噺を聴いて何が言いたいのか理解することはできなかった。怪談のようには思えないその噺は、もう一度私の頭の中で繰り返される。一字一句覚えているわけがない。けれども噺家が私の頭の中に入り込んでいるかのように一つ、また一つとその噺は再生されていった。そして最後の一文が頭の中で再生し終わると、しんとした静寂が私と噺家の周りを包む。そして噺家はまた語り始めた。


――ある一人の娘がおりまして、普通の家庭で育ち、普通の友と付き合い、普通の毎日を過ごす。彼女もまた、目に見えているものを信ずる、純粋無垢にして花の蕾が開こうとしている年頃の娘にございます。
 知らないことの多いこの年頃、信ずるものは増えていくばかりかと思いきや、目の前のそれは娘にしか見えていないのでございました。哀れな娘は気づくこともなく、そしてその盲目で居らぬ家族と友と過ごすはずであった彼女に、悪戯な闇がそれを知らせりゃ娘は絶望。家族も友も娘の盲目と共に消えてなくなり、気が狂った娘は闇へと取り込まれ、もう見えぬ幻を追い続けたのでございました――


 どうだったかな、と噺家はにこりと口元を綻ばせた。背筋に氷でも入ったかのように悪寒がする。感想の言葉なんて一つも出てこなかった。
 一番初めに私が感じた違和感をまた感じることになってしまった。「まるで本人が見たこと」は「本当にあったこと」と同じだけれど、噺家は一度も本当にあったとは言っていないし、自分が体験したとも言っていない。それなのにこの噺家の語り口調は妙に恐ろしかった。
 前の席の背もたれから噺家が身を乗り出し、閉じた扇子を私の喉元にぴたりと当てた。まるで処刑人のようだ。噺家は相変わらずの語り口調で、そして真顔のような笑顔で問いただした。

「お嬢さんは自分の目を信じることができるかい?自分が見ているものと他人が見ているものは違うものだからね……ところで、」

 この噺の娘は一体、どこへ行ってしまったのだろう。彼女ならこの噺家の質問にも答えられるのではないか。噺家はさっきの寄席で客を魅了したあの声とあの調子で語りだした。喉に突き付けられた扇子の先が尖っているように感じる。

「今日ここへ一緒に来た友達、明日は会えるかな……?」







「あっはっは!冗談だよ冗談。そんな顔しないで」

 数秒の沈黙が何時間にも感じられ、噺家は爽快な笑い声で一気に私を現実へと引き戻した。何が起こったのか、いや、何も起こっていないのかもしれない。声をあげて笑う噺家を呆然と見つめることしかできなかった。
 ほんの一瞬だけ、噺家の語った娘を自分と重ねてしまった。加えて先ほどの噺家の質問を考えると、その娘は自分と同じような状況にいるような気がして鳥肌がたった。娘と私は全然違う。私にはちゃんと家族もいるし、友達もいる。その友達だってもう随分長いこと付き合って――そうだったっけ?

「こういう噺はあんまり客席では受けないからねぇ、こうして時々人と一対一になったときに気分転換がてら聞かせているのさ」
「そう、ですか……」
「怖がらせてしまったかな?すまないね。……さあさ、もう外も暗くなるだろうからお帰り」

 あんたが引き留めたんだろ、と言いたくなったのを抑えて私は鞄を取ってゆっくり立ち上がった。脚が震えそうになる。
 きっとこういうのも噺家のサービスなんだろうな、と思うことにする。悪い夢でも見ていた気分だ。一応お礼を言うと「どういたしまして」と噺家は笑顔で見送ってくれた。でもさっき見たあのじっとりした目は、しばらく忘れられそうにない。若干早歩きで青蛙亭の客席を抜けて行った。
 後で先に帰ったあの子に連絡してみよう。それから今日最後に聞いた噺のことも教えてみよう。彼女はどんな反応をするだろうか。そう思いながら寄席を出たとき、噺家の声が聞こえたような気がした。誰かと話しているような……でも何を言ったかよく聞き取れなかったから、多分、気のせい。



「人間てのは本当に何も見えちゃいないんだねぇ……そう思わないかい、珠三郎や。あの子の友達役は楽しかったかな?」