棚から降ってきた埃を盛大にかぶってしまった。もういい、この際頭も顔も汚れてしまえと投げやりになって掃除を進める。
普段から忙しい忙しいと自分に言い聞かせて見て見ぬふりをしていたせいだ。年末大変なことになると毎年分かっているのに、結局今年もこうなる。一人暮らしだからこそ普段からまめに掃除しておくべきだったと、年の瀬にいつも後悔するのだ。
前日の晩から掃除をしていたのに、終わったのは次の日の夕方だった。掃除の途中に誘惑に負けてテレビを見たり本を読んだりしたせいだ。なんとか終わったのだから良しとする。
お風呂から上がって時計を見ると、午後7時少し前。今年は実家に帰れば良かったな、と思いながらテレビをつける。ご飯を作るのも面倒になってきたが、折角買った食材を腐らせるわけにはいかない。動かなきゃ、と思ってもだるくて体が動かなかった。
偶然にもインターホンが鳴ったので渋々立ち上がる。年末まで何かの勧誘だったら嫌だな、と思ってドアチェーンをしたままそっとドアスコープを覘く。外にいたのは黒いマフラーを撒いた竜二だった。
「え、どうしたの?」
「おい、このチェーンはなんだよ」
「まぁまぁ、いいじゃん」
不審者対策だよ、なんて言ったら不機嫌そうな顔がますます歪むだろう。年末の訪問者なんてろくなものじゃない。竜二には口が裂けても言えない。
いいからこれ外せ、と竜二はドアチェーンを指さしたのでそれに従う。部屋に入れてからコートとマフラーを受け取っていると「携帯見てないのか」と言われた。机に置きっぱなしだった携帯をすっかり忘れていた。久しぶりに開いてみると竜二から数件のメールと着信履歴があった。
「どうせ独り寂しく新年迎えようとしてたんだろ」
「お、慰めに来てくれたの?」
「メールにそう書いてあるだろ」
竜二は顔を見せないようにそっぽを向いてしまった。意外と照れ屋で可愛いところもあるな、と顔が綻んだ。そしてちゃんと掃除しておいてよかった。
やる気が出なかったがやっとご飯を作る気力が戻ったような気がした。竜二が持ってきた差し入れと組み合わせて今作れるものと言ったら鍋かカレーかシチューだろうか。何がいいか聞くと「冷たい物以外」と、なんとも参考にならない答えが返ってきた。私だってこんな寒い日に冷たい物は食べたくない。
結局一番楽という理由で鍋にした。机の上でぐつぐつ煮えるのを待って、適当にチャンネルを合わせた番組をぼんやり見ていた。竜二は新聞を読んでいる。その姿は頑固親父さながらだ。
「今年は帰らなかったんだな」
「今年も、だよ」
「仕事か?」
「新幹線満席だった……」
「アホだな」
「すっかり忘れてたんだよ」
竜二は新聞を畳んで鍋の具材を盛りつけ始めた。アホなんて言われなくても自分が一番理解してるよ、という意味を込めて炬燵の下で竜二の脚を軽く蹴った。
正月くらいは家に帰ろうと思っていたのに今年も駄目だった。帰省する人は私だけではないのだ。仕事が一段落した頃に気づいた所でもう遅い。
「そういやそっちは仕事あったんじゃないの?」
「ああ、全部終わらせた」
「おお……すごいね」
まぁな、と言って謙遜しないのが竜二だ。当主を支えるために奮闘しているのだろうけれど、一度も大変そうな様子を見たことはない。
花開院家の年末年始は特に忙しいと聞いたことがある。今年の正月も一緒に初詣に行くことができたけれど、竜二はその後も仕事があるからと言って帰ってしまった。陰陽師のことは詳しく知らない。でも家には何度か行ったことがある。あの広い家で色んな人が忙しそうに年末年始を過ごしているのかと思うと、こうしてテレビを見ながら鍋をつつくなんて夢のまた夢なのかもしれない。
「元日の分は魔魅流に預けてきたんだがな」
「魔魅流君に仕事任せてわざわざ会いに来てくれたの?」
「うるせぇな」
「はいはい、ありがとうね」
にやけてしまうが純粋に嬉しい。この表情が気に食わないのか恥ずかしいのか分からないけれど、今度は私がさっきの蹴りのお返しを食らうことになった。今度魔魅流君に会ったらお礼を言おう。
鍋やら差し入れやら食べ終わった後、ぼんやりテレビを見たりお互いの年末の仕事の話をしているうちに、いつの間にか日付が変わりそうな時間になっていた。
「今年ももうすぐ終わっちゃうね」
「そうだな」
たった一日日付が変わるだけなのに世界中お祭り騒ぎだ。自分の誕生日よりもこの日の方が歳をとったな、と感じるのが不思議でならない。正月ってそういう気分にさせるものかもしれない。
テレビでカウントダウンを唱える人達。さん、に、いち、明けましておめでとうー!……いきなり竜二がチャンネルを変えた。そういえばタレントが沢山出てる番組は好きじゃなかったっけ……ニュースとかはよく見るのに。というか花開院家にテレビなんてあるのだろうか。
チャンネルを変えたばかりなのに竜二はテレビの電源を消した。そして立ち上がって肩をごきごき回した。
「初詣行くか」
「今から?外寒そうだよ」
「行かないなら俺だけ行く」
「行くよ、行きますって……」
炬燵から無理矢理引っ張り出され、コートを投げつけられた。なんでわざわざ寒い夜中に初詣に行くんだろう。冬だろうが夏だろうが夜の京都を巡回している竜二には気温なんて関係ないのかもしれない。
もたもたとコートを着ている私を急かすように勝手に私の首にマフラーを巻き付けた。適当に巻きすぎだと文句を言えば「遅いお前が悪い」と言われる。玄関を開けて一歩外に出るよりも先に冷気が顔の皮膚を直撃した。
「さむっ」
思わずマフラーに鼻先まで埋めた。竜二を見ると全く寒そうにしていない。陰陽師って修行とかしてると代謝が良くなるんだろうか。
寒くなると自然と速足で歩く人もいるけれど、私はむしろ寒くて動きたくない。それでも一応竜二の後ろを追いかけた。ペースが遅いのを見かねたのか、コートのポケットに手を突っ込んでいた私の手を引っ張り出して早歩きで引っ張っていく。もうどうにでもなってしまえと、半ば投げやりな気持ちで神社まで引きずられて行った。
やっと引っ張るのを止めたかと思えば、もう神社に着いてしまった。夜中であるにも関わらず神社は参拝客で溢れている。甘酒を飲んでいる人やおみくじを引いている人など様々だ。新年だなぁと改めて感じる。夜中に神社へ来るなんてこの日くらいだ。
今度は私が竜二の手を引く。案外抵抗しないんだなぁと思い、ぎゅっと手を握って人混みをかき分けて行った。
「竜二、おみくじ引こう。凶引いたら笑い飛ばしてあげる」
「じゃあお前が引いたら甘酒奢れよ」
にやりと笑う顔は楽しそうだ。久しぶりにこんな顔を見た気がする。凶を引いて不運な年になってもいいけど、また来年も一緒に初詣に行けたらそれで充分……できれば他の日も一緒に過ごしたい。今年もよろしくね。