怪人と怪人 中



 人形みたいな奴、という表現は褒め言葉なのか貶し言葉なのかはっきりしない。祭の屋台で売られている安物の面でもつけたら誰だって人形みたいになれるだろう。だって表情が一定になれるから。
 ちょうどあちこちで祭りが催される時季だ。数々の屋台の中からひょっとこ面を売っている所を見つけた。面の中ではこれが一番可愛らしい。これをつけて歩いてみても祭りの中では誰も気にしない。面をつけて歩く人のうち、一体何人が人に紛れている妖怪なのだろう。屋台を見回っているうちにそんなことはどうでもよくなってしまった。

 ひょっとこ面をつけたままここへ来てしまったが、怪人がどんな顔をするのか見てみたい気もする。祭りからずっと離れた寂れた細道の異空間で、毎日しくしく泣いている女達は哀れだ。祭りなんて縁が遠すぎるし、この先娯楽を知ることはもう二度とない。ここの女達は嫌いだがそこだけは同情する。そして折角祭りを楽しんだ後にこうして女達のすすり泣きを聞くと、どうしても気分が落ちてしまうものだ。
 顔のない女達は相変わらず集団になって泣いている。顔がないからまだいいいのだ。泣きじゃくった顔なんて醜くて仕方がない。集団になっているのだってやはり女の性なのだろう。うんざりする。

 怪人の姿はない。今日も新しい女の顔を切り裂きに行ったのかもしれない。奥に行ってもいなかったら帰ろうと足を進めた。
 少し歩いた先の鳥居の隅に何か動く物が見える。面の下で目を凝らすと、年端もいかないような少女が蹲っていた。顔は勿論ない。この年頃で着物を着ているということは、随分昔にここへ来たのか、それとも今日のように祭りの日に来たのかどちらかだろう。
 草を踏む音に気づいた娘は顔を上げた、と言っても顔はないのだが。私を警戒しているようにも見えるが、あの怪人ではないためか逃げようとはしなかった。

「お姉ちゃんも顔がないの?」

 涙声で娘は私を見上げた。何を言っているんだと思ったが、そういえば私は面をつけたままだった。この空間ではそう見えてしまうのか。顔を見せても良かったが面白そうなので何も答えず面も取らなかった。
 鳥居に背を預けて座り込む。泣くことを止めたのか、娘はもう存在しない顔を私に向けたまま動かない。

「なんで一人で泣いていた?あっちの女共といればいいだろうに」
「だって、知らない人について行っちゃいけないって母様が」

 それから少しまた涙声になって俯いた。知らない人というか、知らない怪人に連れて来られてしまったのだからこの娘に将来なんてない。この異空間で無意味な教えを守ろうとする娘はなんと哀れなことか。もうお前は死んでいるんだよ、と言ったらどんな顔をするだろう。いや、顔なんてないからそれも無意味だ。
 色んな顔のない女達を見てきたが、恐らくこの娘が最年少ではないだろうか。この娘の親達はいつの時代にこの子を失い、どれくらいの月日をかけて探し回ったことだろう。この平成の時代にはもう生きてはいないだろうし、この娘もどれくらいの時間をここで過ごしているのか娘自身も分かっていないはずだ。時間とは常に残酷である上に、この空間はそんなものでさえも鈍らせてしまうのだから、時よりも残酷が永遠である。
 この面を取ってしまえばこの娘は逃げ出すだろうか。この細道で顔がある者はあの怪人と私くらいのものだ。私もあの怪人と同一視されるのかもしれない。怪人から見た怪人が私であっても、この娘から見て怪人と思われるのは腹立たしい。
 やはりここはつまらない。面を取り、娘の頭に乗せて顔を見られないように立ち上がる。そのままこの空間から出ようとすると、娘が私の着物の袖を掴んだ。なるべくそちらを見ないようにした。

「どこに行くの?」
「私はここの住人じゃないんだ。だから帰らなきゃいけない」

 ぎゅっと袖を掴む力が強くなった気がした。置いて行かないで、と言いたげな姿はなんともいじらしいのだろう。私には理解できないが。
 めんどくせえなぁ。正直な感想がそれしか出てこない。しかし娘にこんな行動をさせてしまったのは私自身だ。さっさと通り過ぎれば良かったのだ。なんて情けないことだろう。

「……その面、あの薄気味悪い怪人に取り上げられないように隠しときな」

 おかっぱ頭を撫でると袖を掴む力が抜け、その隙に私は細道から抜け出した。面なんてつけるものじゃない。顔を見られて困る理由がどこにあるんだ。
 あんな泣き虫娘に会いに来る義理はない。あの怪人に会いに来ただけなのに、今日は運が悪かった。あんな小娘に会いに来る義理なんてこれっぽっちもないが、怪人に会うついでにその無い顔を拝みに来てやるよ。まあ、気が向いたらの話だが。