元旦の花開院家の忙しさは尋常ではないらしい、というのを毎年必ず誰かから聞く。去年は竜二が大晦日に時間を割いてくれて、夜中に神社に行って甘酒やおみくじを楽しんだ。けれども今年は例年通りの忙しさで、去年のようにはいかないようだった。
私は私で今年は実家に帰ろう思っていたのに、風邪で寝込んでしまった。帰るタイミングを完全に失い、一人で年末のカウントダウンを見てから新年最初の深夜番組を見て朝方に眠った。
起きたのはお昼を過ぎた頃だった。いつもなら寝すぎた、と後悔したはずだけれど、今日ばかりは特にすることもないから焦る必要もない。風邪もやっと直ったけれど出かけるのも面倒くさいから、引きこもることに努めるのも悪くない。
竜二に連絡してみるというのも手だ。携帯電話を手にとってみたが、仕事で忙しいだろうなと思うと躊躇ってしまう。少し迷ってから短い新年の挨拶の言葉だけをメールで送った。
それから半日以上経っても返事はなかった。今年も忙しいのだろう。することがないので、テレビを見ながら机の上のみかんを無心で食べ続けた。
あっという間に一年が過ぎてしまった。まだ子どもだった頃は年末年始の雰囲気が好きだったのに、今では慌ただしい時期であるとしか感じない。老けたかなと思い、少し悲しくなった。
ちょうど3つ目のみかんに手を伸ばした時だった。珍しく竜二から電話がかかってきたのだ。
「起きてたか、7時にうちに来い。じゃあな」
「え?ちょっ……」
ブツ、と電話が切れた。それってメールでも良かったんじゃないかな……というか、クリスマス辺りから全然会ってないし連絡も取ってなかったのに第一声がそれってどうなのよ。
◇
時間に遅れるのは好きではない。けれども今日は7時ちょっと過ぎに着くようにした。それでも数分過ぎた程度。竜二へのちょっとした仕返しのつもりだ。
花開院家の大きな門が見えたところで、腕を組んで扉に寄りかかっている人がいるのが分かった。遠目からはよく分からないけれど、あれは絶対竜二だ。向こうは私に気づいたようで、近づくと不機嫌そうな顔が段々はっきり見えてきた。
「遅い」
「竜二が早すぎただけでしょ」
予想通りの言葉だった。急で悪かった、なんて一言でもあれば私も素直に謝れたかもしれない。お互い軽く睨みあったまま数秒経った。
先に痺れを切らしたのは竜二だった。「行くぞ」と言って手を引かれる。去年もこんなことがあったような気がする。ただし今みたいに険悪な雰囲気ではなかった。
「ちょっと、どこ行くの?」
「……神社?」
「なんで聞き返すの」
竜二は答えない。手を振り払ってやろうかと思ったけれど、いつもより力の加減が弱いことに気づいた。気を遣われているのだろうか。なんて分かりづらい気遣いなんだ。
急な電話の要件含めて今の竜二の不機嫌さもなければ、久しぶりに会えたと浮かれた気持ちになれたかもしれない。言葉を巧みに操るくせにどうしてこういう時は言葉が少なくなるのか分からない。
少し歩いてから私の手を引く竜二が何か喋った。聞き取れなかったので聞き返すと今度は黙ってしまった。
「……熱は下がったのかよ」
どんな顔をしているのか回り込んで見てみたい。多分そんなことしたら怒って式神の餌食になりそうだから止めておこう。折角の竜二の非常に分かりづらい精一杯の気遣いを蔑ろにしてはいけない。とは思っても笑ってしまいそうだ。
「下がってなかったら30分以上かけて会いに来ないよ」
そうか、と小さく返事が返って来る。数えるほどしか覚えていないけれど、たまに竜二が可愛く見える。普段の悪人面からは想像できないのに。
短い間ではあるがしばらく音信不通だったのだ。仕事が忙しいから仕方がないと割り切っていたけれど、運悪く風邪をひくし今年も帰省できなかったし、少し心細かった。怒りの矛先を竜二に向けるのはお門違いなのに、何で私はイライラしていたんだろう。
不器用なりの言葉だけでも嬉しかったのに、竜二はそれで終わらなかった。握られた手に少しだけ力が込められた。
「行ってやれなくて悪かった」
明日は槍でも降るかもしれない。嘘だろ、と思ってしまうのはやっぱり失礼だろうか。竜二がここまで素直に謝るのはいつ以来だったかな……
ここで少しでも「寂しかったのよアピール」しておくのが可愛い女なのだろうか。そんな恥ずかしいこと私は言えない。好きな人に心配されて嬉しくて普通ならどきっとするのかもしれないけれど、私は何故か笑いのツボにはまってしまい噴き出してしまった。秋房君に聞かせてやりたい。
「今日の竜二君は随分素直ですね〜」
「お前な……」
「……別に怒ってないよ。今日の竜二と同じ身長になれただけで大満足だよ」
「てめぇ、やっぱりその靴は嫌がらせか」
地味な嫌がらせとして、いつもより少しヒールの高い靴を履いてきて良かった。身長なんてどうでもいいじゃない、と言っても竜二はそう思わないみたいだ。
ちょっとからかいすぎたかな、と思ったら赤信号の前でいきなり止まった。隣で竜二がやっと私の方を向いて無言でじっと見つめられる。同じ目線だとちょっと新鮮な気分だ。
「……今年もよろしく頼む」
「遅いよ馬鹿」
その言葉は車道を通り過ぎていく車の音にかき消されることはなかった。青信号に変わって、今度は引っ張られずにゆっくり歩いていく。横目で竜二を見ると、口元がマフラーに隠れてどんな表情をしているのか分からなかった。もしかしてちょっと笑っているのかもしれないので、見せてと言ったらやっぱり見せてくれなかった。いつもの竜二だな、と思うと幸先が良い年の初めだ。今年は大吉引けるといいなぁ。