逢うて別れて愛しくてさらば



 私が死んだら、というのが仮想の話であっても、それはできれば避けたい話題だった。
 真面目な話をしていたわけじゃない。何気ない会話をしている時、総司さんがそう言いだしたのだ。彼がそんなことを言ったのが意外で、思わず湯呑みを落っことしそうになった。
 その「もしも」のことを初めて話し合った時、どちらかだけではなく私も彼も似たようなことを思った。年に一度会いに来てくれるだけでもいい、たまに思い出してくれるだけでもいい。
 無理と分かっていてもそんな時が永久に来なければいいと思ってしまうのは、私が女だからだろうか。

「でも、後に残された方は悔しいのではないでしょうか」
「悔しい?悲しいではなくて?」

 ごろんと寝転んで句集を読んだままの総司さんが顔をこちらに向けた。句集の名前は豊玉発句集……また勝手に持ち出したのだろうか。
 呆れてため息を吐くと総司さんはそれを楽しむかのように微笑んだ。

「また土方さんに怒られてしまいますよ」
「だってこれは私のものですから」

 全く悪びれもせず言い切った。無邪気な総司さんを見ていると自然と私の顔も綻んでいく。
 この人がいなくなってしまったら、ということを考えたことがないわけじゃない。先日の池田屋騒動でも何人か亡くなったのだから、それが総司さんであったとしても不思議ではなかった。
 死と隣り合わせの仕事はいつだって命懸けで、返り血を浴びたり怪我をして帰ってくる彼を見るといつだってはらはらする。
 しかしこう改まって死ぬ時のことを話されると、妙な胸騒ぎが起きてしまうのだ。

「もちろん悲しいです。けれど、置いて行かれるなんて悔しいじゃないですか。どうせなら一緒に連れて行って欲しい」
「それはまぁ……そういうものなんでしょうか」
「そうですよ。もちろん一緒に死ぬなんて情死でもしない限りあり得ないけれど……そんなことはしたくないですし」
「おや、さんは私と死ぬのは嫌ですか?」

 わざとなのか心からそう思っているのは分からないけれど、総司さんは目を見開いた。私としては彼がこんな反応をすることの方が意外だ。
 情死、本当は甘美な響きだと思う。来世で結ばれたいと願う相手と共に死ねるなら、どんなに素敵なことだろう。
 けれども片方が失敗して片方だけが死んでしまったら、生き残ってしまった方は一生後悔する。想い人を先に死なせてしまった後悔は死んでも死にきれないくらいに辛く、死んでも尚後悔の念に駆られることだろう。
 総司さんとそんなことができたらと、どこかで私はそう願っているのかもしれない。けれども彼の無邪気な顔を見ていると、そんなことを僅かにでも考えてしまった自分が愚かしく思えてくる。
 それを悟られたくなくて私は精一杯誤魔化した。

「そんなことするつもりもないくせに……それに情死は禁止されているでしょう。新選組の一番隊組長ともあろう御方が何てことを仰るのですか」
「今はするつもりはありませんが、これから先、私がそんなことを考える可能性は充分にありますよ」
「ご冗談でしょう」
「どうしてそう思うんです?」

 総司さんは心外だと言わんばかりに口を尖らせる。まるで私に情死して欲しいとでも言われているような気分だ。今日の彼は少しおかしい。

「剣の道一筋の貴方が、私のためにそんなことをするなんてあり得ません」
「分かりませんよ。人生何があるか分かりませんし」

 その言葉が胸に突き刺さる。そして同時に少しだけ、嬉しいと思ってしまう。そんな自分が心底嫌いだ。
 返答に詰まっている私を見兼ねたのか、総司さんは困ったように笑った。

「貴方が思っているほど私は強い人間ではありません。それに私だってたまには我儘を言いたくなる時がありますよ。今貴方と過ごしているのだって、私の我儘を聞いてもらっているのですから」
「これは別に我儘ではないでしょう。私は好きで貴方といるんです」

 ありがとうございます、と言って総司さんは嬉しそうに笑った。いつもなら笑い返せたはずなのに何故だか今はそんな気分になれなかった。

「死ぬ時に誰かがいてくれたらどんなに心強いかとは思いますが、どの道私は死ぬ時は一人です」
「職業柄、ということですか?」
「いいえ、それを抜きにしてもですよ。だからもしも私が貴方に、私と情死して下さい、なんて馬鹿なことを言ったら思い切り叱ってください」
「……きっと私は、断れません」
「それでもです。私は貴方に目を覚まさせて欲しいんです」

 あくまでも可能性の話であって、本当に情死して欲しいとは思っていないはずだけれど、確信はできない。長い付き合いであっても彼の本心は未だに読み取りづらいからだ。
 期待するような目で総司さんは私を見上げる。私が貴方の期待通り、そんなことを言えるとでも思っているのだろうか。そんな状況にいたら私だってきっと心が揺らいでしまう。

「ねぇ、総司さん。それなら私、後を追います。それなら……」
「駄目ですよ」

 言い終わる前に遮られ、総司さんは起き上がって正座をした。笑顔が消えて、こういう真剣な顔は見慣れないせいか緊張してしまう。
 そっと私の両手を包み込んだ総司さんは目を逸らさない。私が逸らそうとしたら名前を呼ばれて注意された。

「この先私が先に死んでも、絶対にそんなことはしないで下さい」
「……じゃあ結局私が悔しい思いをすることになるじゃないですか」
「それでいいんです。悔しく思うなら長生きしてください。私よりこんなに長生きしたんだよって、たまに自慢しに来てください。私が悔しいと思えるほどに自慢すればいい」

 微笑む総司さんに一抹の不安を覚えた。お慕いしている方にこんなことを言われては、心が締め付けられてしまう。
 池田屋の件が一段落して暫く、普段と変わらない日常に戻ったのだとばかり思っていた。
 けれど本当は違うのかもしれない。何気ない日常の会話だと思えばいいのに到底そうとは思えなかった。

「どうして急にこんな話をしたのですか?」
「ずっと前から、いつか話しておこうと思っていたことなんですよ」
「まるでもうすぐ死ぬみたいなこと、縁起でもないから言わないで下さい」
「すみません……でもどうしても貴方にお願いしたかった。いつその時が訪れるかは分かりませんから」

 その言葉に耐えきれずに目を伏せると、私の手を包み込む総司さんの手に少しだけ力が込められた。
 私が先に死んだらどうするの、なんて野暮なことを言うつもりはない。そんなことを言って彼の枷になりたくはない。
 最期がどうであれ、総司さんはきっと侍の道を貫くに違いない。彼が慕っている仲間のためにもそうするだろう。私にはそういう最期しか思いつかない。
 そう考えると彼の言っていることは理解できるような気がする。死んだ人間を追いかけずに、命を全うして生きて欲しいと願うのは相手を想えば当然のことなのだ。

「死後も貴方に会えるならどんなに素敵なことでしょうね。楽しみです」
「そうですね……それを夢見るくらいなら許されるでしょうか」
「勿論ですよ。それならば、先ほどの私の願いを聞いてくれますよね?」

 本当に酷い御方だ。都合がいいとは思うが、私が総司さんに強く想われていると期待してしまう。もし総司さんが情死を願ったとしても、彼が私を想ってくれるのならば、きっと彼はそんなことを言わないだろう。
 それを分かった上でこんなことを言ったのなら、本当に酷くて優しい御方だ。そしてやっぱり私はそんな彼を慕っている。そういう彼だからこそ、こんな気持ちになれたのだ。
 再び総司さんの顔を見ると、泣いてしまうのではないかと思うような微笑みが私の目に飛び込んできた。
 綺麗なお顔。そんな顔で言われてしまっては断れるはずもない。答えるようになんとか笑って頷いて見せると、総司さんは「良かった」と心底ほっとしたような美しい笑顔を私に向けたのだった。