さよなら神様



 カントー地方から帰ってきた直後、コガネのリニア鉄道の駅でマツバとが待っていた。明日帰るとは言ったが、迎えに来ることについては何も聞かされなかったので面食らってしまった。
 そのままエンジュまで強引に引っ張られ、マツバの家に着いたらちょうど午後3時。おやつの時間だと言って二人は台所に消えた。それから然程時間が経たないうちに戻ってきて、目の前にほんのり焦げ目のついた美しいチーズケーキと緑茶を出されたのだ。ケーキには紅茶じゃないのかと思ったが、マツバの家に紅茶の茶葉どころかティーバッグさえあるのかどうか。
 と一緒に作ったんだよと言われて再び驚いた。が作るのはなんとなく想像できるが、マツバがお菓子作り……似合わないわけでもないが何か違う気がする。

「モーモーミルクを使ったんだよ。遠慮しないで食べてね」
「あぁ、それはいいんだが……」

 二人ともどうしたんだ?と聞くタイミングが掴めない。というのも二人があれこれ喋り続けているからだ。

「この茶葉、すず屋の女将さんからいただいたんだ。いつもご贔屓にどうもって」
「私がおまけしてもらえるお店って言えばタンバの薬屋さんくらいだなぁ」
「それはのポケモン達の生傷が絶えないからじゃないかな」
「格闘タイプに傷がない方が珍しいよ」

 そう言いながらは二切れ目のチーズケーキに手を伸ばした。ここにいる誰よりも食べるのが早いのは相変わらずだ。それを見て机の下に置いた袋の存在を思い出した。

「そういえばカントーのお土産を買ってきたんだが」
「お、じゃあそれも後でいただこう」
「ところでミナキ君、夕食はうちで食べていくだろう?」

 食材でも余らせているのか、それとも私を太らせたいのか。そんな意図はないのかもしれないが今日の二人は明らかにおかしい。
 逃げるように視線を二人から外す。緑茶を飲みながら庭の鹿威しの音を聞くのはとても風流である。意外なほど和の雰囲気に合うチーズケーキは見た目以上に美味しかった。思わずこの場の空気に包みこまれそうになる。
 かこん、と鹿威しが鳴った。二人ともカントー土産の箱を開けて夢中になっている。鹿威しの音がなければ私もうっかり話に参加するところだった。

「君達今日はどうしたんだ?」
「どうって何が?」
「何と言うか、過剰な接待をされているようで少し不気味なんだが」

 そうかな、と言っては二切れ目のチーズケーキを食べ終えた。と思ったら三切れ目に手を出した。まだ食べるのか。
 マツバは穏やかでは賑やか、というのが私から見た二人だ。ホウオウがとある少女を選んだその後、事後報告という形でが私にマツバの様子を連絡をした。ルギアがとある少年と共に行くことになったその後、マツバが私に相談したのはをどう励まそうかということ。そして二人とも電話の後に同じことを言った。「君は心配しないでスイクンを追いかけて」と。
 私がスイクンを追っている間に、二人はそれぞれ会いたがっていたポケモンに会えたが、その結果は私と同じ。
 そこまで考えてやっと分かった。正反対の二人が同じ意見を持って同じやり方で私に接している。だから二人してわざわざ迎えに来たのか。

「……私相手にそんなに気を遣わなくてもいいだろう」
「ミナキ君が泣いてしまうかと思ってね」
「首でも括るかと思った」
「あぁ、僕ならそうしているかもしれない」
「マツバが言うと洒落にならないから」

 所詮は似た者同士。傷の舐め合いならは嫌いそうなものだが、これが彼らなりの気遣いなのだろう。マツバが思い詰めて首を括りそうなのは同意見だが。
 スイクンがあのトレーナーを認めているのだと、一体私はいつから気づいていたのだろう。自分の中で焦りがあったのは確かだ。諦めるつもりは毛頭なかった。何しろ10年以上追っているのだ。ずっと追っていたからこそ諦めきれなかった。
 だがあのスイクンが認めたのだから正しいことに違いない。もちろん何故私ではないのだと思ったが、今となってはスイクンとあのトレーナーにはなむけの言葉を送るべきだろう。
 彼らも私と同じだった。お互いの憧れが消えた後、マツバは引きこもり、は泣いて風邪をこじらせ、私は一体どうしたことか。

「首なんて括ったらそれこそスイクンに失礼だぜ!あの優しいスイクンのことだ。10年も追いかけていたんだから少しくらいは私が眼中に入っていたはずだからな!」

 力み過ぎて立ち上がってしまった。マツバももぽかんとした表情だったが、二人で顔を見合わせて笑った。「そうかもしれないね」と言ったマツバの言葉がまた私を救ってくれた。
 完全に諦めたわけではない。スイクンをあのトレーナーから引き離すつもりはないが、いつかほんのちょっとでもいいから私を見てくれる時が来るかもしれない。それなら私はいつも通りの私を貫くだけだ。
 は笑ってため息を吐いた。あーあ、と漏らした声は明るい。

「あの子達みたいにあと5年若かったら私を選んでくれたのかなぁ」
「確かに。若者はやっぱり未来があるから認められたのかもしれないよな」
「僕達も十分若いはずだけど……」

 自分を選んでくれなかったと悲嘆に暮れたところで何も変わりはしない。ああすれば良かった、こうすれば良かったと後悔する経験も、彼らを追いかけていなければできなかったことだ。
 泣いて笑って励まし合って、それを繰り返す。仲間同士で語り合うことだって悪くない。こうして3人であれこれ憧れの存在について話すのは子どもの時から変わらない。それぞれの神が旅立ったこの先も、きっと変わることなんてないだろう。