先を歩くのやや後ろをついて行く佐助。
白昼の往来を珍しい組み合わせが歩いている。後ろにいるのがいつもの女の忍ではないことに気が付き、思わず二度見する人々。城下に行ってもそれは変わらなった。
ひそひそと噂するような人間はここにはいない。幸か不幸か、疑問があれば皆直接当人に訊ねるのが真田の人間だった。
いつもの姉ちゃんはどうしたの?昌幸様はお元気ですか?その兄ちゃんは様のいい人なの?最後の質問はどうかと思いながら、佐助はの後をついて行った。
あちこちで様、と声をかけられ食べ物を勧められる。忍の兄ちゃんもどうぞ、と言われてたじろぐ佐助には遠慮しないで、と言って笑う。佐助はこの腑抜けた雰囲気がどうも苦手だった。経験がないせいか、四方から降りかかる人の好意を断れないのだ。
あちこちを歩き、釣りをして遊ぶ子ども達がいる河原までやって来た。そのうちの一人がこちらに気づき、忍の兄ちゃんだ!と佐助に突撃してきた。他の少年達もそれに続く。しかし佐助の後ろにの姿が見えると掌を返すように潮らしくなった。
「様どうしたの?具合悪いの?」
「ううん、そんなことないわ。ちょっと寝不足なだけ」
「ちゃんと寝ないと駄目だよ。大きくなれないよ」
「そうね。気を付けるわ。ありがとう」
単純な奴らだ。突撃を避けて離れた場所で佐助はその光景を眺めていた。
大きな声で釣った魚の自慢をする子ども達。彼らの目線に合わせてしゃがみ、相槌を打って褒める。何処からかやって来て魚を求めているらしい犬と猫。
子どもの扱いが上手いな、と感心する。いずれ嫁いで子をもうけたら子煩悩になるのだろうか……そこまで考えてしまい佐助は自分を恥じた。
「どうしたの?」
「うおっ!?な、なんだよ……」
ぼんやりしていた佐助に声をかけたがこちらなど見えていなかったようだ。
忍とは機敏な者が多い。もちろん佐助もそうなのだが、たまに心ここに在らずといった様子を見かける。
まぁいいかと思いは佐助の隣に腰かけた。川が太陽に反射してきらきらと輝いている。眩しさと子ども達の楽しそうな様子に目を細めた。
「私のために魚を釣ってくれるそうよ」
「そう。良かったじゃん」
「兄上達と喜助殿を見ているようで懐かしいわ」
上田に帰って来た時の面影は見られない。それでも顔には寂しさが僅かに残っている。少し迷ったが佐助は何気なく訊ねてみた。
「その喜助って人、どういう奴だったの?」
少し驚いたような顔をしてが顔を上げた。回りくどい聞き方だと一生たどり着けないと思ったのだ。そういうのは佐助の性分に合わない。
「……幸村様も残念がってたから」
「うん、そうね。兄上達もよく一緒に遊んでいたもの」
心配するという概念が佐助にはなかった。果たしてこれがそういうものなのか、今一つ自信に欠ける。それらしく見えているのならそれでよい。
「喜助殿は無口だけど大きくて優しくて……顔は少し怖い方かも。まだ私が赤子だった頃でも側で優しく見守ってくれていたそうよ」
「あー、あれかな。上杉の人みたいな」
「上杉?」
「いや、なんでもない」
無口で大きくて優しくて怖い顔。優しいかどうかは知らないが佐助は上杉景勝を連想した。以降これで想像しようと頭の中に景勝の姿を置く。の隣に景勝がいるのはなかなか奇抜な光景だ。
「先日お邪魔した時もわざわざ床から起き上がって出迎えてくれたのよ」
「へぇ、そこまでするなんていい奴じゃん」
「でもこちらに戻る数日前にはもう動けなくなってしまって……」
朝よりましになったが泣き腫らした目はやはり痛々しい。がその瞼を閉じたのは涙が込み上げてきそうだったからなのかもしれない。見てはいけないような気がして佐助は遊んでいる子ども達の方に視線を移した。
「あんたに看取ってもらったなら、そいつは良かったんじゃない」
佐助を知る者なら一驚するような言葉だった。その当人は気恥ずかしいのでまだ川の方から視線を外せずにいる。
誰かの死を悲しむことは理解できても、自分の胸がちくりと痛む理由までは分からない。
男女の事情など佐助にはもっと分からない。自らを影と称する師匠もきっと同じだろう。いや、情がどうとか言っていたから存外そうではないのかも。ならば彼の下で学んでおくべきだったのかも。そんなことを考えても今更遅い。
「嫁ぎ先だったの?」
「え?」
「その家、仲いいんだろ?」
「昔馴染みではあるけれど、別にそうと決まっていたわけじゃないのよ」
昌幸なら候補に考えそうなものだが、とは言えず佐助は口を閉ざした。あの男の考えていることなど誰にも分からない。
ふと視線を感じてを見れば、そのは佐助の頭を見つめていた。
「髪に葉っぱがついているわ」
「葉っぱ?」
「取ってもいいかしら」
是非を問うたわけではないらしい。手を伸ばして佐助の頭を軽く何度か撫でた。触るなと言おうとする前には素早く葉っぱをはらった。取った葉っぱを暫く見つめ、それから意外なものを見たというような顔をして佐助を見た。
「そういえば、今の佐助は喜助殿に似ているわ」
「……どの辺りを見てそう思ったわけ?」
「実は優しいところとか」
「だから、別にそんなんじゃないから」
「私が頭を撫でると上を見るところとか」
「え?」
強面の景勝がに頭を撫でられる姿を想像してしまった。いや待て何かが違う。想像してはいけないことをしてしまったようだ。
「ちょっと確認したいんだけど、喜助って奴はチビだったの?」
「そんなことはないと思うわ。これくらいかしら」
は背丈を手の位置で表した。明らかに佐助より小さい。よりも小さい。というか下手をするとそこの河原で遊ぶ子どもと同じくらいだ。どう見てもチビ。けれど信之より年上というのは一体……
「喜助って……」
「大きな虎毛犬よ」
肝をつぶしたような顔をして佐助は言葉を失う。表情も上手くつくれなかった。なるほど確かにその大きさは犬にしては大きい方だ。何故か頭の片隅だけ冷静でそんなことを考えた。それから頭の中にいた景勝の姿を消した。
は佐助の目の前で手を振って気絶していないか確かめていた。佐助、佐助、と何度か名前を呼ばれて我に返る。
「……いや、なんて言うか、犬?犬に殿?」
「昔兄上と、喜助は大きくて立派な武士のようだから敬意を込めて呼びましょう、と」
要は子どもの戯れである。それが癖になって何年も経ち今に至る。真面目な信之や幸村のことだ。妹の提案を受け入れそれをずっと守っているのも合点がいく。
名前が似ている相手を勝手に想像して、勝手に器量が違うと思いこんでいた。そして一応、心の中で上杉景勝にも謝罪した。
安堵してしまった自分に一番腹が立つ。と思ったのだが、一番は自分ではない、あいつだ。
刹那、視線を感じた。ばっとその方向を向くと、すぐ近くにある木の上に忍が一人。あまりにも自然な気配は恐らくずっと佐助とをつけてきたのだろう。わざとらしく今この瞬間に己の気配を現した。にやにやと笑うその忍は、先日佐助に「喜助殿」の存在を教えた者だった。
「あの野郎……!!」
「佐助?」
佐助が風の如く消えた後、周りの子ども達は忍の早業に興奮して囃し立てた。何が何だか分からないは辺りをきょろきょろ見渡したが、佐助の姿はどこにもない。何故か川の向こうで大きな音がして子ども達は歓声を上げた。
次にが佐助とくのいちを見かけたのは二日後である。優秀な幸村の忍達は二人とも同じような傷をいくつもつくっていた。