数歩進んでは後ろを振り返り、また数歩進んでは同じことを繰り返す。ほとんど歩みが進まないのはがきょろきょろとあちこちに目を向けて前を向かないせいだ。
城の中や武家屋敷では聞くことができない活気のいい声に耳を傾け、店に並ぶ色とりどりの商品を眺め、整備された道を軽い足取りで歩く。忙しなく左右の店を眺めることが楽しくて仕方がない。
城を出てからはずっとこの調子なので、数回に一度、茶々が注意をする。謝って歩き出すもまた同じことを繰り返す。その後ろの方では、茶々とが町人達にぶつからないように気を配る幸村が苦笑していた。
「、前を見てもっと泰然となさい」
「ご、ごめんなさい。見てるだけで楽しくてつい」
「殿、お気持ちはよく分かります。ですが余所見をしていては危ないですよ」
「すみません……」
前後にいる茶々と幸村にそれぞれ注意を受けて今度こそは前を向いた。活気の良い人々の声や視界に映る景色はどれもにとって目新しいものばかりだ。ついつい目を奪われて注意が散漫になるのは仕方がない。
ついさっき注意されたばかりだと言うのに、茶々がこちらを向いていないのをいいことに再び余所見をしてしまう。その様を見て幸村はくすくす笑った。
「殿を見ていると昔を思い出します。私も初めて茶々様にお会いした時、同じ状況で同じことを言われました」
「同じこと?前を見て歩きなさいとかですか?」
「はい。ここではなく安土でしたが、私も初めて見る城や城下に感動してあちこち目移りしてしまいました」
「賑やかな場所はつい目移りしちゃいますよね。あ……う、すみません」
再び振り向いた茶々が何か言いたげにこちらを見たので縮こまってしまった。言ったそばから、と無言のお叱りを受けているような気分だ。
城下を見て回りたいとかねてから希望していたを誘ったのである。想像していた以上に楽しそうにしているからそれはそれでよい。注意を払うべきはこの気の緩み。少し目を離すと何処かへ行ってしまいそうだ。茶々にはその姿が幼き日の幸村に重なったが、はそれよりひどいかもしれない。当時と比べて歳はの方が上だと言うのに。
「、私の隣を歩きなさい」
「えっ、いいんですか?」
「幸村がいるとは言え、このままでは貴方が迷子になってしまいそうです」
城を出る前、茶々の侍女に「茶々様より前に出て歩かないように」と注意を受けた。つまりは後ろを歩けという意味なのだとにも理解できたので、律儀にそれを守って歩いていた。
身分上、話すだけでも恐れ多いと言うのに、友達のように隣を歩いてもいいものかと心配になる。しかし結局「早くなさい」軽く袖を引っ張られて慌てて隣を歩くのだった。
妙に緊張しているを横目に見て茶々にある考えが浮かぶ。後ろにいる幸村を少しだけ盗み見てからに耳打ちした。
「本当は三成と来たかった?」
「……えっ?え?何のことやら?」
「どこを見ているのです。こちらを向きなさい」
「お、お願いですから他の人がいる時にその話は勘弁して下さい」
は後ろにいる幸村をちらちらと見ながら気にしている。聞こえていたとしても朴念仁の幸村はそういう意味としては捉えないだろう。しかし彼と知り合って日の浅いにはそんな考えに至るはずがなかった。
話していること自体は普通の娘の会話なのだが、境遇やら立場やら思考やらが異なる二人なので、色恋の話からほど遠い雰囲気になっている。
「貴方には申し訳ないことをしました。三成も連れてくればよかったのですね」
「いやいや、絶対断られますよ」
「あの者が一人を広い城下に放つとは思えません」
「放つって動物じゃあるまいし……私には茶々様と幸村様がいるから大丈夫ですよ」
結局茶々の質問の答えになってはいないが、誤魔化すには充分だろう。更なる追及を免れるために素早く付け足した。
「それにこういうのは男の人よりも女の子と一緒に回る方が楽しいですよ」
茶々との距離感や城下に出た目的も曖昧なこともあり、休日に友達と遊びに行く感覚……とは完全に一致しないがこの際関係ない。茶々と出かけられるということだけで充分満足だった。浮かれているのはそのせいもある。
その感覚は茶々には殊更分からないものだ。自分が女の子だとすれば後ろを歩いている男は一体何になるのか。
「幸村もいますが」
「そうですけど、そういうことじゃなくて、うーん……」
首を傾げる茶々にも続く。幸村が茶々の護衛ならば自分は一体何になるのだろう。
これはデートなのだろうか。いやデートとはそういうものじゃない。そもそも女の子同士でデートと言うのか。女二人に男一人のこの図は傍から見たらどのように捉えられているのだろう。姫のお忍び散策ということでいいのではないか。じゃあ自分は一体……
先ほどまでの散漫はどこへやら、こんなところで要らぬ集中力を発揮したの目にはもう何も映っていなかった。
それから無言になってしばらく、前方の二人よりも頭一つ分ほど背の高い幸村が何かに気づいて後ろから茶々に声をかけた。人混みをかき分けて歩くのも、大阪での暮らしに慣れたおかげである。
「茶々様、あちらに見えるのは明智光秀殿のご息女ではないでしょうか?」
「あぁ、そうですね。この際ですからにも……」
遠くに南蛮仕様の目立つ服を着た少女が見える。向こうはこちらに気がついていないようだ。彼女となら良い友人になれるのでは、と茶々は思っての袖を引こうとした。が、それは空を切った。
隣にいたはずのがいない。凛々とした目を更に大きくして茶々は辺りを探す。しかし城下を行き来する人の流れを見てもの姿はない。幸村もまた前後左右を見渡したがどこにもいない。無言のまま顔を見合わせているうちに遠くにいた目立つ少女もどこかへ行ってしまった。