ふと顔を上げた先にはちょっと、いやかなり珍しい動物がいたものだからつい歩みを止めてしまった。動物園のアイドルはいつ見ても可愛らしい。まさかこの戦国にパンダがいるなんて!と人の流れに逆らわずに見物客に紛れた結果がこれである。しかも長いこと居座ってしまった。
隣を歩いていたはずの茶々がいない。何度も後ろを振り返ったが幸村もいない。気がつけばは見知らぬ路地に立っていた。
「どうしよう、はぐれた時の集合場所決めてなかった……」
現状を把握して顔が青ざめる。注意されてばかりだったのにそれを守れなかった己を呪うしかできない。この世へ来た時に初めて感じたあの絶望感をここで再び感じるとは思いもしなかった。
城に戻るべきだろうか。しかしもし茶々と幸村がその間に自分を探してくれていたら申し訳が立たない。そう考えると自分一人がのこのこと城に帰るわけにはいかなかった。
開けた場所に行こうと思い、とりあえず人がいそうな方へ移動することにした。探索してみたいと思っていた城下は見知らぬ地と思えば不安より好奇心のほうが大きい。しかし今は一人ぼっちということもあり逆の心情だ。何より茶々と幸村に迷惑をかけてしまったことがショックだった。
人っ子一人いない場所よりも大勢で賑わっている中で一人きりの方が余程精神面に堪えるのは何故なのだろう。すれ違う人々を避けながら、一人取り残されたような気分になって少し泣きそうになった。
「そこの可愛いお嬢さん、そんなに暗い顔してどうしたんだい?」
突然聞きなれない声が降ってきたかと思えば、正面からぬっと男が現れたのでびくっとの肩が跳ねた。
城下に馴染まない風貌に違和感を覚えて反射的に身構える。無精髭に加えた軽快な口調のせいも相まって好印象とは言えない。
大阪でが関わってきた男性達は神経質だったり温厚だったり硬派だったりと様々だが、こういう人物は周りにいなかった。人を見た目で判断してはいけないのかもしれない。けれどそうも言っていられない場合もあるのだと初めて学んだ瞬間だった。
不躾にじろじろと見てしまったが男は何を勘違いしたのか笑みを絶やさない。
「そんなにじっと見つめられちゃ照れるな。この色男に惚れちまったかな?」
「いや、ちょっと鳥肌が……あと寒気が」
「おおっとそれはいけない。あそこの茶屋で一緒に一休みしよう」
「し、知らない人について行ったら駄目だって言われてるので、遠慮します」
「固いこと言うねぇ。新しい出会いだと思えばいいじゃないか」
現実にこんなことを言う人がいるのかとはかなり引いているのだが、自称色男はどこまでも前向きなのでいいようにしか受け取らなかった。しかしおかげでというべきか涙は引っ込んでくれた。
の目線に合わせるように男は背を屈める。やたら距離が近いのはわざとなのだろうか。
「それで、どうして落ち込んでいたんだ?」
「別にそんなことは……ちょっと道に迷っただけです」
恥ずかしいところを見られた気分になっては顔を背けた。道を歩く普通の娘に声をかけるなんてよっぽど暇なのだろう。それでも偶然通りかかったのちょっとした表情を読むのは伊達に色男を名乗っていない……いや本当にそうなのだろうか。
ちらりと男の表情を盗み見る。人の良さそうな笑顔ではあるが、女の勘が働いたと言うべきか、素直に応対できそうな気がしなかった。やっぱりただの女好きかもしれない。
「じゃあ大通りの茶屋まで案内しよう」
「大丈夫です!というか連れを探してる途中なので」
「そうか。一人じゃ探すのは大変だろうから俺も手伝うよ」
「一人で大丈夫です。放っておいて下さい」
「そう言われると余計に無視できなくなる性質なんだよ俺。ま、とりあえず人通りの多い方まで行こうか」
「だから何でそうなるんですか!?」
「はは、元気になったな。ところでお嬢さんの名前は?」
「ええぇ……なんでこんなにポジティブなの……メンタルすごい……」
最後の一言は完全に独り言だ。あらゆる拒否の言葉をプラスに捉える男に対する称賛なのか憐憫なのか自分で言っておきながら分からなかった。
こうなったら道案内を頼むふりをして途中で抜け出すしかない。観念した素振りを見せて、機を窺って消えてしまおう。急にしおらしくなったに満足したのか、男は意気揚々と前を歩いて行った。
念のため三人分くらいのスペースを空けて男の後をついて行く。が自分の真後ろにいるのだと思っているらしい男はべらべらと何か語っていたが、が辛うじて得た情報はこの男の名前が雑賀孫市ということだけだった。
孫市が自身の武勇伝について語っていたちょうどその時、溌剌とした声が舞い込んだ。
「孫!何をしておるのじゃ?」
「げぇっ……」
「むむ、なんじゃその反応は!」
唐突に横から奇抜な格好をした少女が現れ、孫市とはそれぞれ違う驚き方をした。そして不服そうな少女は頬を膨らませ腰に手を当てている。と思ったらを見てすぐに表情を変えた。同性だと言うのにどきどきするような少女の笑顔に一瞬たじろいでしまった。
「あの、お連れの方がいるなら私はこれで失礼させて……」
「違う違う。この嬢ちゃんはそうじゃなくてだな」
「さてはまた女子に声をかけていたのじゃな!調子はどうじゃ?」
「嬢ちゃんのせいで台無しだよ」
現れた第三者がこれまた男だったら猛ダッシュして逃げていたかもしれない。しかしそこにいるのは、男の雰囲気とはこれまた正反対な珍しい風貌の少女だった。
茶々も美人だがこの少女も負けないくらい可愛らしい。くるくると変わる表情や仕草がより愛らしさを引き立たせている。恐らくこの世では奇抜であろう服も元が良すぎるおかげでとても似合っている。こんな可愛い女の子がどうしてこんなおじさんと……見惚れてそんなことを考えていると、急に矛先がに向かった。
「見慣れぬ顔じゃな。教えよ!そちの名は何と申す?」
「わ、私?と言います」
「俺はこのお嬢さんの人探しの最中なんだから、嬢ちゃんは家に帰んな」
「何故じゃ?わらわも手伝えば三人力であろう?」
ただでさえ押しに弱いは少女の勢いに「結構です。一人で大丈夫です」と言えなくなってしまった。押しの強さは孫市にもなかなか目を見張るものがあるが、この少女は別格だ。はっきり断ってしまうととこちらが傷つきそうな気がするのだ。
「は誰を探しておるのじゃ?」
「おひ……女の子と、武士の方です」
「ははぁ、主のお忍びで城下に出たがはぐれちまった侍女ってとこかな?」
お姫様と言うべきではないと判断して咄嗟に言い換えたが、この男、意外と鋭い。正解ではないがあながち間違いではない。何にせよ勝手にそう捉えてくれたのならこちらも都合がいい。
では参ろうぞ!と少女は先陣を切るわけでもなくの横についた。先ほどまで茶々が隣にいたことを思い出し、離れて間もないというのにもう懐かしく感じてしまっている。その寂しさも吹き飛ばすほどの少女の明るさに救われた気がした。
「人探しとはわくわくするのう!酒樽や木箱の中も確認せねば!」
その明るさがよい結果に繋がるかどうかはまた別問題らしい。茶々と幸村とは違いすぎる面子を見て前途多難と思わずにはいられなかった。