アローラは昼夜を問わずポケモンセンターを利用するトレーナーが多い。土地柄、というか島めぐりという風習のせいなのだろうか。
その分ポケモンセンターは大忙しだ。ジョーイに夢見ている人も少なくないようだが、正直あまり利用客が多いのは疲れる。笑顔と優しい対応は仕事だから仕方なく、という思って割り切っている子もそこそこいる。私もその部類に入るが、もちろんそうじゃない子も沢山いる。
私はアローラから出たことがないから他の地方がどうなのかは知らないが、シンオウ出身の新人ジョーイはこんなことは珍しいと驚いていた。
聞けば彼女はシンオウの中でも小さい町のポケモンセンターに勤めていたらしいので、彼女の見解が正しいのかどうかは定かではない。
久しぶりの夜勤ということもあり、出勤前にカフェスペースに立ち寄った。カフェインを求めてグランブルマウンテンを注文する。
夜勤嫌だな、と思いながらマスターがコーヒー豆を挽くのをじっと見つめた。
そういえば、私を含めてジョーイ達は時間帯で勤務交替するが、カフェのマスターは一体いつ休憩しているのだろう。いつも忙しなく働いているジョーイに比べてゆったりしているから羨ましい。
豆を挽く音が大きいせいで、センター入口の自動ドアが開く音がやけに小さく聞こえる。職業柄、客が来るとそちらに反応してしまうので、出勤前だというのについそちらを見てしまった。同時にコーヒーも出来たようだった。
「あ?お前か……まだここにいたのか」
「よう、グズマじゃん。あ、マスターありがとう」
マスターから受け取ったコーヒーをふうふうと冷ましていると、グズマは少し迷ってからカフェスペースの椅子に腰かけた。私との間に3席分空けて。
こんな夜中にポケモンセンターに来るなんて不良だな、と思ったがグズマはその通り不良だ。不良より更に悪質なのかもしれないが、私はスカル団に直接何かされたわけでもないので不良以外に表現する言葉が見つからない。
「久しぶり。人の形をした破壊神だっけ?」
「逆だ逆!それに破壊神じゃねえ!カプ神じゃあるまいし……」
「どっちでもいいけど」
あからさまにグズマがイラついているのが分かる。大声で反論が降ってきそうだったので、マスターにエネココアを注文した。奢るよと言ったのにまだイライラしている。お礼を言われたいわけではないから別にいい。
人のことは言えないが、グズマも全然成長していない。ひょっとしたら私以上に、かもしれない。
「ポータウンは相変わらず?」
「何がだよ」
「回復マシン壊れてるのかと思って」
「変わんねーよ」
そう吐き捨てるとグズマはこちらに背を向けて座り直した。そんなにココアを飲む姿を見られたくないのか。多分それだけが理由じゃないはずだ。
壊れた(というかスカル団が壊した)回復マシンを直しに行こうかと一度提案したことがあった。あれは確か3年くらい前だった気がする。
だがこの男はそれを断った。断ったと言うか拒絶に近い。誰がお前の手なんか借りるか、というようなことを言った。
必要になったら呼んでねとは一応伝えたが、この感じだとその見込みはもうない気がする。
「マリエシティには何か用があって来たの?」
「別に、関係ねえだろ」
「まあね」
もう少し若い頃なら喧嘩腰になっていたかもしれない。だけど確かにもう関係ないよなと思えてきて、頭の中で色々な理由を想定してしまう。
「回復しに来たんでしょ?私今から出勤だからちょっと待ってなよ」
「誰がお前なんかに頼むかよ!」
「あんたみたいないかつい男、他のジョーイ達が怖がるから」
受付をちらりと盗み見ると、この時間の担当のジョーイはやっぱり奥に籠ってしまったようで、今は受付に誰もいなかった。
予想しかできないけれど、やっぱりポータウンにある唯一のポケモンセンターの回復マシンが壊れたのではないだろうか。
マリエシティに何の用で来たのかは知らないが、ポータウンに戻っても回復できないならここで済ませようと考えたのでは、と名探偵のような推理を頭の中でしてみた。でもグズマには言わないでおく。
「お前よくジョーイになれたよな……性格的に」
「私もそう思う」
「あと言葉遣いも」
「仕事中は意識してる。今のところ支障はないよ」
「一番向いてなさそうな仕事なのによ」
「安定志向だからね」
自分で言って不思議な感じがした。私はいつからそんなことを考えるようになったのか。
同じくグズマも違和感を覚えたのだろう。首だけこちらを向けて顔をしかめた。
「お前、おふくろみたいな親にはなりたくないって言ってたじゃねえか」
「なりたくないよ。だから生涯独身でもいいと思ってる。ライチュウ達がいれば別にいいや」
子どもの頃、母の仕事の都合で祖父母の家で生活していた。
その時から一緒だったピチューはライチュウに進化した。ライチュウだけじゃなく、他の手持ちも私の支えになってくれている。島めぐりをしていた頃からの仲間達だ。
ジョーイだった母と同じ仕事に就くとは夢にも思わなかったが、今なら少しだけ母を理解できる気がする。しかし母のこともジョーイのことも、未だに好きとも嫌いとも言えない。
「お前はいつも冷静でいいよな。何が起きても驚かねえし、どうでもいいと思ってんだろ?」
普段言いたいことだけ言ってこちらの言葉は受け入れないくせに、こういう時だけは反応するグズマがなんだか憎らしくなった。
それに、どうしてそんな嫌な言葉を投げつける時だけこちらを向くのか。それすら腹が立ってくる。まともな話し合いすら成立しないというのに。
グズマにそう言われたのはこれが初めてではないし、グズマだけがそういうことを言うわけでもない。ただ、そう言われて嬉しいと思うはずがない。どうして誰も分からないの、と思った時もあったが、私が主張しないからだ。
「私、スカル団を作ってからのグズマのことは全然知らないよ。それと同じで、あんたも私のこと全然知らないでしょ。知った風な口利かないで」
あからさまに嫌な態度だったと思う。成長してないのはグズマより私の方だった。
大人な対応とは反論することでも黙ってしまうことでもない。だけどどれが正しいのかなんて、私には分からなかった。
別に好きで冷静でいるつもりはない。でもグズマのように何かに八つ当たりをして自分を保つなんて私にはできない。
大人になった今、やっとなれたと思った今、尚更できるわけがない。実際には全く成長していないのに。
「こんなところに来たくないならポータウンの壊れたマシンなんとかしなよ」
残ったコーヒーを飲み干そうと思ったけれど、まだ温かいままだったのでできそうになかった。
私がマスターに何か言わずとも「いいよ」と言われたので、カップは持っていくことにする。後で返しに行かなければ。終始無言のマスターだったが、仕事ぶり以外にもこういう空気の読めるところを尊敬している。
じゃあね、と別れの言葉を言わない時点で私とグズマは友達でも何でもない。じゃあ昔は友達だったと言えるのか、そんな自信もない。今更仲良くなれる気もしない。
忙しければ鬱憤を晴らせるだろうと期待している日ほど人は来ないものだ。考えてみれば私が憂さ晴らしできることは仕事くらいしかない。制服に着替えた間に少し冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
受付に出た時、グズマはもういなくなっていた。