光を勾引す



 イッシュ地方のジムリーダー達はそれぞれ別の職業にも就いている。そのどれもが輝かしい仕事ばかりだ。芸術家に市長、経営者……思わずどちらが本業なのか?と聞きたくなる。
 カミツレもそのうちの一人であり、華やかな街のジムリーダーに相応しいスーパーモデルだ。
 白い肌とすらりとした四肢。美しい立ち姿と小気味よいヒールの音。加えて美人ときたものだから、彼女に見惚れない者はいないと言っても過言ではないだろう。
 ふらりとライモンシティに訪れて勝負を持ち掛けようとしても、彼女は忙しすぎてジム不在ということも少なくはない。
 折角だから、と思ってバトルサブウェイに行って挑戦してみるも、21連勝できることなくボロボロになって宿に戻るのが最近の日常となっていた。

 何日かそんな生活を続けたがいつまでもここに滞在しているわけにもいかない。
 最後くらいのんびり過ごそうと思い、散歩に出かけた。足を伸ばして遊園地に来たはいいが一人では楽しめない。第一、男が一人で遊園地なんて惨めだし寂しすぎる。
 観覧車の近くを通りかかると人だかりができていた。普段であればこういうのは避けるのだが、もしかしてと思ってつい覗いてしまった。
 野次馬の中心になっていたのはカミツレだった。撮影中であるらしく、いつもと違う服を着てカメラの前でポーズを取っている。
 モデルとしての彼女の姿は殆ど見たことがない。いつもはクールなのにこういう仕事をしている間は笑ったりするみたいだ。流石はスーパーモデル、撮影用の笑顔という風に見えない自然さだ。

 その日の夕方、ポケモンセンターで荷造りをしていると遊園地に行きましょう、とカミツレから連絡があった。
 明日か明後日にでもライモンを発とうと思っていた。それまで用事がないから別に構わないが、彼女と並ぶことに躊躇ってしまう。それでも久しぶりに会えるのは嬉しいものだ。






「さっき見てたでしょう」

 暗い照明のレストランで様々な料理のいい香りが漂う。少しずつ料理が出てくるこういう店は正直苦手だが、カミツレはこういう方がゆっくりできていいと言うのだ。
 たまに食べるなら悪くはないが、モデルは普段からこういう食事をするのだろうか。

「撮影風景を見たことがなかったからね」
「でも、そのまま消えちゃったじゃない」
「仕事中の姿を見られたくないって言ったのは君じゃないか」

 そう言うとカミツレは黙ってしまった。じろりと睨むのでいつも僕が謝る。
 機嫌直してよ、と顔を覗き込むと顔を逸らされてしまった。生憎このレストランの照明が暗いせいで、きっとピンク色になっているであろう彼女の頬を見ることはできなかった。
 窓側の席は珍しく人が少ない。この街には娯楽施設が沢山あるから、皆が皆遊園地に来るわけではないのだろう。だがこの時間帯に遊園地に来ているカップルは、きっと観覧車に列を作っているはずだ。

「ところで僕とこんな所に来て大丈夫なの?」
「どういう意味よ」
「モデルカミツレ、冴えない男とアフター6、ってタイトルで報道されちゃうんじゃない?」
「何か不都合でもあるの?」

 大したことじゃないわ、と言ってカミツレはデザートを口に運んだ。
 僕がふらふら旅をしているだけの冴えないトレーナーということを彼女は分かっているのだろうか。どう見ても不釣り合いなのだが、そう言うと「くだらない」とか「馬鹿」とか言われるので黙っておいた。

「良くない噂が広がったら君だって嫌だろ」
「そんなこと気にしてたらこの仕事続けてないわ」
「カミツレって時々男らしくなるよね……いてっ」

 テーブルの下で足をヒールで踏まれた。そういうところだよ、と指摘しようかと思ったが反対側の足も踏まれそうなので黙っておいた。
 彼女からの誘いが嫌なはずがない。相手のことを考えるなら、そっと身を引くか自分を磨くかすればいいのだろう。前者の方が得策だと思う。
 こうして外に出かけるとカミツレはよく喋る。恐らく僕が飽きて帰ってしまわないように気を遣っているのだ。彼女と一緒にいて飽きたことなんてないし、急いで戻るような場所なんてどこにもない。

「今日家に泊まってもいいかな?」
「別にいいけど」

 9時を回った頃、遊園地は先ほどよりもカップルが増えていた。
 僕とカミツレは周りのような甘い雰囲気になることもなく、いや、なっているのかもしれないが僕が気づいていない可能性もある。
 ……とにかく、周りと違ってこちらは人気の少ない広場を歩き、ぼんやりと遠くに輝くネオンを眺めていた。気の利いた甘い言葉も出てこないことが申し訳なかった。

「悪いけど、そんな言葉を貴方が吐いたら笑っちゃいそう」
「それはそれで傷つくけど……ありがとうと言うべきなのかな」

 暗闇に紛れてキスをする。抱き寄せたカミツレの首元からいい香りがした。
 耳元で「また旅に出かけちゃうの?」と、いつもの冷静さに他の思いが混ざったような声がした。
 ポケモンセンターで中途半端なままにした荷物が頭を過る。はっきりとした目的がない今、分からないとしか答えようがなかった。どこへ行くのかも何をしたいのかも分からない。
 ただ、この街へ寄った目的は寄りたいと思ったから、彼女に会いたいと思ったからだ。

「帰ろう。なんだか時間がもったいない」

 二人だけの空間の方が特別と思えるのはどの男女も同じだろう。このままどこかへ連れ出したい、と言うより連れ去りたい気分だ。
 これ見よがしにいちゃつくカップルを傍目に、家かホテルで続きをやればいいのになぁ、なんてうっかり独り言をもらしてしまったものだから、歩きながら器用にヒールでに足を踏まれた。
 照れ隠しなのか批判なのか、どちらにしても可愛らしいが、生憎僕は踏まれて喜ぶタイプの男じゃないんだ。そろそろ分かってくれ。