暑いのが苦手というわりにほとんど汗をかかない女は、特にアイスクリームなどの氷菓子が好きだった。
雪国生まれだからと、納得のいくようないかないような理由をいくつも重ねては、暑い国では毎日のように冷たいものを頬張る。
腹を壊すなよとカイトが言うと、は拗ねたように「失礼な」と顔をしかめた。何が失礼なのかカイトには全く分からないが、はにとってはデリケートな問題らしかった。
デリケートも何も、標高の高い山に住む幻獣を調査し、二人で下山している最中だ。その中ではこの場に不釣り合いなアイスクリームを食べながら歩いている。
わざわざ鞄(と思っていたがクーラーボックスだった)に氷や凍らせた飲み物がいくつも入れて山を登ったのだ。
夏とは言え山頂付近は昼でも冷え込む。一体山に何をしに行くんだと呆れたカイトだったが、特にそれを止める理由は思いつかなかった。幸い、には荷物を持ちながらもカイトについてこれるだけの体力があるので、それで相殺ということにした。
「私は冷たいのを補給しないと死んじゃうの」
「それは不便だな」
「この国の人達に限ったことじゃないけど、よく皆平気でいられるよね……気温25度以上なんて私にとっては灼熱同然なのに」
「そんなことを言ったらどこの国にも行けなくなるだろ」
今までにも何度かあった会話だ。暑い暑いとが言うたびに同じことを繰り返す。
場所が場所というのは置いておくとして、涼を求めるは艶めいて見えた。青く透明に光る手首のアクセサリーが肌の白さを際立たせている。その雰囲気から真冬を連想させるが、彼女から感じるのは涼やかな夏のにおいだ。
暑いのが嫌だと言うくせに行く先々でカイトから離れない。ここへ来る途中にも熱い地域はあったがそれでもついて来たのだ。仕事の邪魔をしない、時には手伝い、話し相手にもなり、よく笑う、そんな存在に情が移らないわけがなかった。
流石に心配になったので手を伸ばしての額に触れた。熱は感じられなかったが、一応近いことを言っておく。
「本当に具合が悪いんじゃないのか?」
「どうして?」
「前より口数が少なくなった」
「判断基準そこなんだ。熱なんてなかったでしょ?」
浅はかな考えはあっさりばれたが、上手く誤魔化されただけな気がした。
つい負けじと対抗したくなる。そのためには有無を言わさない圧が必要だった。
「熱ってほどでもないかもしれないが、いつもよりは高いな」
「そうかな……」
「早く戻ろう」
空いているの手を取ると返事の代わりにぎゅっと握り返してきた。
こうして歩いている時に手を繋いだことはほとんどない。そんな習慣がなかったというのと、いつもの手が何かで塞がっているせいだ。
あまりべたべたしたがらないというのはお互いの性格だから気にしていなかったが、むしろ遠慮していたのはの方ではないかと考えてしまう。気になってもそれを問うことはできず、あまり喋らないまま、だけど手だけはしっかり握って下山した。
空調が効きすぎた部屋でも、カイトにとって少し涼しいと思うくらいで耐えられないものではない。しかし常人がこの部屋で寝るには少し寒すぎる。
部屋を別にしたりツインの部屋にしたり、今までは何かと暑さや寝苦しさの対処をしていた。今日は珍しくダブルベッドだというのに、温もりはあまり感じられなかった。
に体温がないわけではなく人より低いだけだ。そのため、こうしてカイトの腕の中に潜り込んで来る時は保冷剤入りの抱き枕のように感じる時もある。
それが今日は人並みの温かさを感じるから不思議だ。本来ならこれが普通なのだろうが、最近のの調子を思うと良くないことのような気がしてならなかった。
吐息の浅さが心配になったが、髪を撫でるともぞもぞとが腕の中で動いた。
良かった生きている。そんな杞憂の理由が自分でもよく分からない。
「どこか痛むところはないのか?」
「痛む?うーん、ないことはないけど」
「どこが?いつからだ?」
「ずっと前から。デリケートなことだからそれ以上は聞かないでね」
またそれか。その言葉が気に入ってるとしか思えないほどよく口にする。
聞かないでと言われてしまえばそれ以上強く出ることができなかった。人の領域に踏み込みすぎてはお互い不愉快な思いをすることになる。だがあまりに知らないことが多い。
それを察知したはそれ以上言わせまいとしているかのように、カイトの脚を冷たい爪先でつついた。ぬるい腕が背中に伸びてそれに応えると、今までになかった体の温かさに驚いた。
自分の熱で溶けやしないかという不安も、体を重ねてしまえば他の感情に押しのけられてしまう。
「そろそろ自分の国に帰ろうかと思うの」
熱が冷めていくかのように我に返った。夢中になっている最中のことだ。
聞くことがないだろうと思い、聞きたくないと心のどこかで思っていた言葉だった。それでも大きな動揺を見せなかったのはカイトの気質だろうか。
「いつ?」
「明日」
「随分と急だな……」
「いつかは帰るって決めてたの。それとね」
冷たい腕がカイトの首に絡みつく。死人とは違う冷たさにはもう慣れていたし、むしろ今では心地よさを感じる。
謝りたいことがあるの、とは囁いた。心当たりがないのでしばらく黙っていたが、は続けようとしなかった。と言うより先を言うのを躊躇っているようだ。
「言いづらいことなら言わなくてもいい。俺には心当たりがないからな」
「そういうところがね……」
「何のことだ?」
「褒めてるんだから怒らないで」
「別に怒っては……」
「はいはい」
やれやれといったような呆れた態度が露骨だったが、嫌味は含まれていなかった。何かまずかっただろうかと思ったところではきっと何も答えないのだろう。
そのは頬ずりをする猫のようにカイトにすり寄った。寝る前の挨拶のようなものだ。明日のいつ頃国へ帰るのか。もう寝る態勢のを見ていると、それを訊ねるのは憚られた。
部屋の気温が低いせいか、早々に眠気が襲う。まだ腕の中にがいると感じ取れる微睡の中、消え入りそうな声がどこからか聞こえた。
「氷漬けにして故郷に連れて帰りたかったんだけどな……」
どうしてこうなったんだろう、という独り言は眠っているカイトには聞こえなかった。
さらさらとした髪を撫でていると別れが惜しくなる。氷漬けにしたいと思ったのもこの髪が美しかったからだ。
仲良くなってから、なんて考えなければ。上手く取り入って、なんて思わなければ。
もう動く気力は残っていない。名残惜しさはあっても、後悔することは一つもないのが唯一の救いだった。
「火で炙られるって、きっとこういうことなんだろうね」
翌朝カイトが目覚めたとき、昨晩よりも広く感じるベッドは片側だけが冷たく湿っていた。シーツの上に青い石のアクセサリーが残っていたが、温もりはもうどこにもなかった。