ホテルでシャワーを浴びて後は寝るだけの状態で部屋で寛いでいたは、ネオンの占いのことを思い出した。
机の上に放り出した鞄の中から書類が入ったファイルを取り出し、その中から文字ばかりの書類に紛れたシンプルな縁取りが描かれた紙を見つけた。占ってもらう時の紙はいつも同じだ。
ベッドに腰かけ、緊張しながら美しい四行詩の中から不幸の予兆を探す。元々この詩は人の不幸を占い、それを占ってもらった側が回避するためのものだ。今日までが健康に生きていられたのはこのおかげでもある。
一通り目を通したところで目を疑った。今までも不吉な言葉がなかったわけではないが、見るからに死を感じさせる単語が綴られている。
悪魔、眠り、宝。特に死を連想させる眠りという表現は初めて見た。
「……来月、死ぬのかも?」
誰もいない部屋で独りごちる。それから自分の死に様を想像してみた。
文章からして事故死ではない。悪魔とは恐らく人間のことで、その人物によって自分は眠りにつくということだろうか。自分を殺すとしたら同じ音楽の世界に生きる人間か、もしくはマフィア関連の誰か、というくらいしか思いつかない。
この詩を渡してきたダルツォルネは何も言ってこなかった。ネオンは自分の占いを見ない。誰も何も言わないということは、この通りにして死ねばいいのだろうか。
――貴方はボスの友人であると聞いた。
クラピカに言われた言葉を思い出す。友人ならば、今すぐにでもネオンに連絡していたかもしれない。どさっとベッドに倒れ込むと、占いの紙がの手から床にひらひらと落ちて行った。
◇
ヨークシンでの講演は名を売るチャンスでもある。大都会だからという理由だけではなく、世界最大級のオークションが開催されるため、様々な業界との人脈を増やすことができる。
演奏が終わってから、出番が終わったというのには着替えもしないで楽屋で一人新聞を読んでいた。
紙面のほとんどはオークションについてのもので、その隙間に今回ヨークシンで開催される演奏会の記事も載っている。写真に映っている自分の顔は相変わらず作ったような笑みを浮かべていた。自分ではぎこちないと感じるが、他人には良い笑顔だと思われるだろう。
そろそろ帰り支度をしようかと思い、新聞を畳んで立ち上がった。ホール付近に比べて静かな楽屋付近には今は関係者しかいないはずだ。
しかし廊下の外で話声が聞こえ、その直後にドアをノックして入って来たマネージャーがに声をかけた。
「、ちょっといいかな?」
「何?」
「とある企業の役員の方なんだけど、貴方に是非会いたいという人がいるの。仕事の依頼らしいんだけど今からでも大丈夫?」
「ええ。じゃあ化粧を直してから行くわ」
勘というのだろうか。直感的に何かを感じ取った。
人脈が増えるのはいいことだ。仕事が増えるならもっといい。スポンサーを含めて知り合う人間の職業は幅広い。本来の仕事とは全く関係のない業界から声がかかることもあり、それが大いに助かっている。
今日に会いに来たという男も同じ口らしい。お互いに挨拶を済ませ名刺を貰い、講演後の疲れなど感じさせない笑顔で微笑んだ。
「知人に勧められてここへ来たんだ。素晴らしい演奏だった」
「ありがとうございます。楽しんでいただけて良かった」
「遠くからではよく見えなかったけど、貴方の手が光り輝いているようだったよ」
「あら、お上手ですね」
やっぱりね。自分の勘は正しかった。
演奏する時だけは黒い手袋をはずす。この男のようなことを言う輩は少なくない。
手にパウダーを塗っているわけでもないのにそんなことはあり得ないだろう。しかしネオンも彼と同じようなことを言うのだ。褒め言葉としての比喩だろうかと思ったのは大分前のことになる。
今は手袋をつけているからだろうか、心なしか男はそれが気になるようだった。話す時は人の目を見て話しなさいよ。
しかしそれについては触れられたくないので話を逸らすことにした。
「ところで私に依頼があると聞いておりますが……」
「そうだ、忘れるところだったよ。実は今度弊社で株主を招いてちょっとしたパーティをするんだが、是非君に演奏して欲しいと思ってね。他にも楽団を招く予定なんだ」
の隣に座るマネージャーが手帳を開いてスケジュールを確認する。その月は確か他にも数国訪れる予定があったはずだ。はっきりとした予定はマネージャーが管理しているが、の頭の中にも重要な仕事は叩き込まれている。
幸いなことに予定されているパーティの週は辛うじて空きがあった。喜んで、と返すと男は満足そうに礼を言った。それを不安そうに横目で見ているマネージャーの視線にが気づかなかったわけではないが無視を決め込んだ。
仕事の話も一段落し、帰り支度をしている間に軽い世間話をした。
「そういえばヨークシンはオークションの真っ最中ですが、参加の予定はありますか?」
「あぁ、実は欲しい物があってね。これでもコレクターなんだ」
「何を集めているんですか?」
何気ない世間話の中で、はある予感を感じていた。第六感に似たものなのかわからないが、たまに働く直感。
自分で意識したつもりはない。けれどある時からそういう嗜好を持つ人間が寄って来るようになった。自分から進んでその世界に足を突っ込んでいるからなのか、もしくは他に理由があるのかもしれない。
それを分かっていて彼に訊ねてみたが、が予想した通りの答えが返って来るに違いない。
「大昔に作られた椅子があってね……当時の権力者の骨が埋め込まれているんだ」
◇
仕事が終わりタクシーでホテルへ戻る途中、窓の外から見える景色に都会の喧騒を色濃く感じた。普段からでも眠らない街なのだろうが、例のオークションのせいか更に人が多くいるように思える。
仕事を終えて今夜はもう用事がないので急ぐ必要はない。しかしなかなか車が進まないことが気になった。
「渋滞してますね。オークションだからでしょうか」
「いや、普通は警察が誘導したり規制したりしたりするんですが……こりゃ何かあったのかなぁ」
運転手も訳が分からないとようで、先ほどから全く進む気配のない状況がもどかしいようだ。
早く帰って眠りたいという気持ちはあるものの、次の日の予定がないだけ助かった。明日は夕方まで寝ていようかと考えていた矢先である。
楽屋を出る前に電源を入れた携帯電話が鳴り出した。こんな時間に一体誰が、と画面のディスプレイを見たが見知らぬ番号だ。とりあえず出てみようと通話ボタンを押した。
「もしもし。え……クラピカさん?」
Vogel als Prophet - R. Schumann