オークション会場から人と競売品が忽然と消え、賊と思われる集団を捕らえるために、ヨークシンに集うマフィア達は殺気立っていた。
ノストラード組は比較的冷静に状況を判断した方だ。リーダーがここにいないという結果になってしまったが、優先させるべきボスの安全は今のところ守られている。その上クラピカは目的だった人物にも辿り着けた。今後どうするべきかはライト=ノストラードの判断に委ねられる。
ネオンを経由してノストラード氏へのコンタクトを試みる。電話が繋がった状態の携帯電話を受け取る際「あ」とネオンが何かを思い出した。
「そうだ。も呼んでってパパに言っておいてくれない?」
「ボスの携帯に彼女の連絡先が登録されているのではないんですか?」
「ううん、知らないよ。知ってるのはパパとダルツォルネさんだけ」
その答えは先日のの言葉と重なった。知れば知るほどおかしな関係だが、この状況で友人を呼ぶというのは少々モラルに欠けている気がしてならない。
は今のヨークシンの状況を知っているのだろうか。賊は必ずここへ戻って来る。その前に彼女を何としても呼び寄せるか、ネオンの願いを諦めてもらうか、選択肢はどちらかに限られる。
まずは電話をしてからだ。部屋を出てノストラード氏に今まで起こったことを報告し、彼に今後の方針を決めてもらう。
電話の向こうにいる男が自分に心を許すようにするにはそれなりの時間が要るだろう。こんなに早く巡って来たチャンスを喜ぶべきなのだろうが、素直にそうできないのが少しだけ辛い。
「娘から目を離すな」
「承知しました」
ノストラード氏と話してみると、やはり娘が大切なのであろうことが分かる。どういう意味で大切に思っているのかと言うのはこの際どうでもいい。与えられた任務を全うして信頼を得ることが今のクラピカには何より重要である。
「それともう一つ、娘さんがをここへ呼んで欲しいそうですが」
「分かった。リーダーを継いだのなら君に彼女の連絡先を教えておこう」
「ダルツォルネからあまり彼女の話は聞いていないのですが、どれくらいの頻度で連絡を取ればいいのでしょうか?」
「基本は毎月の占いを送ることくらいだが、後はネオン次第だ。詳しくは俺がそちらに着いてから話そう」
ネオン次第という言葉に引っかかったが、彼らの関係に疑問を抱くのはこれが初めてではない。リーダーを継ぐからにはこれからとも関わっていくことになるのだろう。
部屋に戻りネオンに報告をすると「が来るまで起きている」と言って侍女達と遊びに戻った。
今度は自分の携帯電話からに電話をかける。そういえば今日から演奏会があるとセンリツが言っていた。仕事中なら留守電にメッセージを残すべきか。それか今の時間帯は寝てしまっているだろうか。
しかし電話はすんなり繋がり、数コールもしないうちには電話に出た。
「もしもし」
「さんか?クラピカだが」
「え……クラピカさん?どうしました?」
顔は見えないがの驚嘆は珍しい。声からして寝ていたようではないので、睡眠を妨げたわけではないことに少しだけ安心した。
何から話すべきか、何を話すべきか、迷っている時間はない。細かく説明しなくとも要点が伝わるように今の状況を話さなければならない。
その中でクラピカに芽生える一つの懸念があった。事実を伝えたことでに良からぬ影響を及ぼしてしまうかもしれない。いくら仕事上の関わりがあるとは言え、彼女の本業に支障が出るのはクラピカの本意ではない。
「訳あって私が代理としてリーダーを任された。ボスが貴方を呼んで欲しいと言っているが、今から来られるか?」
「行けるとは思いますが、道が渋滞しているので時間がかかるかもしれません。私が滞在しているホテルに戻って支度をしてからでもいいですか?」
「構わない。夜遅くに申し訳ない」
「いえ……」
ホテルのと場所を伝えようとしたが、の言葉尻がしぼんでいくように聞こえたので躊躇してしまった。何か言おうとしているのかと思い、彼女の言葉を待った。
「ダルツォルネさんはどうしたんですか?」
「実のところ、彼の安否は不明だ。詳細は貴方がこちらに着いてから話す」
「それは一体……」
「賊に襲撃された。オークション会場でも仲間がやられた。だがボスも他の仲間も無事だ」
いきなり電話でこんなこと言われても困るだろう。息を呑む音も迷う声も電話口からは聞こえないが、なりに動揺しているのかもしれない。あまりに急な知らせに言葉も出ないのだろうかと考えていたが、しばらくしてから聞こえたの声色はいつもと変わらなかった。
「そうなんですね。分かりました、どちらのホテルですか?」
あのボスにしてこの友人あり。クラピカは胸に薄暗い感情が下りてくるのを感じた。
いや、恐らく友人ではないのだろう。ネオンやノストラード氏の話ぶりでは、雇用者と被用者の関係のように聞こえた。
自分やセンリツ達のような護衛と同じ感覚でいるのだろうか。ネオンが純粋にと親しくなりたいと思っているならそれはそれで納得できそうだが、そんな相手に報酬を与えるというのはおかしな話だ。
「ではまた後で。ロビーに着いたらこの番号に電話します」
「ああ。道中くれぐれも気をつけて」
「ええ、ごめんなさいね。それでは」
何が、と聞く前に電話は切れてしまった。遅れてしまうことに対しての謝罪だろうか。しかし今までの通話の中で、唯一の感情を聞き取れたような気がした。
仕事終わりにホテルに向かっている途中だったのだろう。彼女の滞在先は知らないが、渋滞している中でこちらに到着するまで数時間はかかるかもしれない。
これから数多くのオークションが開催されるが、市内もマフィアも暫く落ち着きそうにない。この街のどこかにいる旅団は必ずもう一度現れる。
瞳の奥が赤く燃えるような感覚がした。サラが来る前に賊はやって来るだろうか。
Der Tod und das Madchen - F. Schubert